忖度Ⅲ

令和02年04月23日

 俊樹に地区役員が回って来たとき、真由美はこう言った。

「会議では黙ってるのよ。PTAは厄介な組織なんだから」

「わかってるさ」

 と答えはしたものの、俊樹には解決したい問題があった。

 初回の役員会で会長を初めとする本部役割が決まり、月に一度、八人のメンバーが副会長の進行でPTA全体の活動について話し合ったが、話し合いとは名ばかりで、学校側が設定した議題について会長が説明し、全員が承認するだけの、ごく形式的な会議だった。会議には毎回、校長、教頭が同席していた。

「さあ、本日も全ての議題についてご承認を頂きましたが、他に話し合う議題がなければ解散したいと思いますが…」

 いつものように副会長が会議を締めくくろうとしたとき、

「一ついいですか?」

 俊樹の発言に驚いて、全員が声の主を見た。

「え?あ、山中さんでしたね、何か特別な議題でも?」

 副会長は迷惑そうに言った。何にせよ事前の協議なしでの発言はルール違反だった。

「実は、PTAの役員が月に二度、各地区の通学路に立って行う挨拶運動のことですが…」

 俊樹はかねてからの疑問に思っていることを口にした。

「あいさつ運動と書いた大きなのぼり旗を立てて、役員たちが登校して来る子供たちに、おはよう!と声をかけるのは、とても違和感があります。挨拶はもっと自然な行為のはずです。戦国武将のような旗を立てて待ち構えて行うものではないと思うのですが、いかがでしょうか?」

 誰も口を開かない沈黙に副会長は困り果て、

「今のご提案に対してご意見はありませんか?坂崎さん」

 指名された坂崎は、何で私なんだという戸惑いを見せながら、

「ご提案の趣旨は分かりますが、長年続いた行事ですし…」

 と語尾を濁して校長を見た。校長は慌てて顔を伏せた。

「では時計回りに全員のご意見を伺いましょう」

 副会長の発言で沈黙は禁止された。

「あの立派な旗は確か教頭先生の手作りではありませんか…」

 と会長が威圧感のある口調で教頭を見ると、

「そんなことはどうぞ気になさらないで下さい。もう少し小さな旗ということなら喜んで作りますし」

 教頭は挨拶運動そのものには関係がないことをアピールした。

「あの…小さな旗を作るのでしたら、お手伝いしますが…」

「旗をたすきにする手もありますね。作るのは簡単ですし…」

「皆さん、私は、挨拶は決まった日に大人が旗を立てて子供たちを待ち構えてするものではないと言っているのです」

「だったら役員がそれぞれ分かれて通学時間帯に町を歩き、すれ違う子供たちに自然に挨拶をするというのはどうでしょう」

「しかし学校では防犯のために知らない人に声をかけられたら叫ぶ練習をしているのではなかったですか?」

「なるほど…。知らない大人からお早うと言われたら確かに子供たちは戸惑いますし、防犯運動とは矛盾しますね」

「挨拶運動の役員は胸にそれと分かる大きな目印をつけたらどうでしょう?目印のある大人には安心して挨拶してもいい」

「それは名案ですね、皆さんいかがいですか?」

 あの…そもそも挨拶は…と言いかけた俊樹の言葉は賛成、賛成という多数の声にかき消された。