専門委員会

令和02年04月27日

 桐山が戸籍係長から総務部の企画係長に配置替えになった理由は、新しく上司になった前田課長の言葉で明確になった。

「桐山くんは、中日本大学の堀部教授と親交があったよね」

「はい、堀部ゼミの卒業生が年に四回定例会を持ってます」

 と答えた桐山に、

「実は堀部教授を市の総合開発計画の専門委員会の委員長にという話があるのだが…」

 君に渡りをつけてもらいたいのだと前田は言った。

 堀部教授は都市開発の分野ではこの地方の権威者だった。

「これが委員会のメンバーだ」

 あと堀部教授だけなんだが接点がなくてね…と見せられた名簿には、堀部教授を含めて四人の第一人者が名を連ね、市民からの公募という欄が一つだけ空欄になっていた。

「今月二十五日に定例会がありますから話してみますが…」

 とは言ったものの、教授は各地の自治体の開発計画を比較検討することを研究領域にしている。果たして特定の市の委員会に加わってくれるだろうか。定例会のあとで堀部教授は、

「桐山くんからの話だから協力したいのは山々だが…」

 この人選はいかがなものかと言った。

 自然環境重視で都市開発を考える堀部に対して、あとの三人の候補者たちは、経済重視、利便性重視、決定のプロセス重視と、それぞれ異なる立場での研究者だった。

「これでは意見は出ないと思うよ。三人とも譲れないものを持っている一方で、互いの立場は尊重する年齢だからね」

 本当に専門家の意見が聞きたいのなら、社会的地位を確立した者よりも、もう少し若くて意欲的な研究者の方がいい。

「それに、君の市は産廃の誘致に関してキナ臭い噂があるよね」

 市役所でもまだ一部の者しか知らないことを堀部教授は知っていた。正式ではないが、市の北部の山ひとつ削って、巨大な産廃処分場を整備する計画が漏れ聞こえて来る。それに伴って市長と特定の議員のからむ黒いカネの流れも噂されていた。

「水脈がふもとの団地の地下に流れ込んでいることを思えば、自然保護の立場の私としては賛成できないが、あそこで処理するのが最も経済的だし利便性も高い。しかしこの委員会の人選を見れば、決定のプロセスには問題がありそうだね」

 企画課長から桐山の報告を聞いた総務部長は市長室にいた。

「堀部教授の件、いかが致しましょう、市長」

「いや、彼は厄介な人物だ。これでいいのだよ」

 市長は執務机からソファーに移動して足を組んで笑った。

「就任を断った以上、教授は専門委員会の決定を批判できない。批判するなら委員を引き受けるべきだったと言われるからね」

 価値観が対立する権威ある研究者で構成された委員会は意見がまとまらず、結局は事務局の案を承認することになる。事務局の決定は専門委員会の承認を得て市民に対して権威を得る。

「行政の決定には必ず不満が伴うが、専門委員会が権威者で構成されていなければ、委員の人選そのものが批判の対象になる。委員は若くて意欲的な研究者では困るんだよ」

 ところで市民公募の委員は手配してあるんだろうね、と市長に念を押され、

「定年退職した総務課の職員が応募することになっています」

 と答えながら、部長は、公務員とは全く異なる政治家の発想に少なからぬ畏怖を感じていた。