干物と現金

 巨大な魚センターに着いた観光バスをぞろぞろと降りた職場の仲間たちは、思い思いに店を物色していたが、

「いくら氷を詰めたって生もの持ち運ぶのは厄介だし、干物なら近くのスーパーで買っても大して変わらないしヨ」

 欲しい物ってないよなあ…と見ると、総務課長の芳郎が一軒の店で送り状を書いている。

「なァるほど、送るって手があるか。旅先でも私は家族のこと思ってますよって証拠にもなるしなあ…出世するやつは違うな、芳郎」

「いや、そんなんじゃないんだよ。田舎のおふくろに干物送っとこうと思ってな」

「おふくろって、お前、一人暮らしのおふくろさんにそんなに送ってどうするんだ?食べきれないだろうが」

(親孝行なら現金だぞ。安く済ませやがって)

 達也は心の中でそう呟いた。達也の母親も田舎で一人暮らしをしているが、課長に昇進して以来、月に三万円の仕送りを欠かさない。

 旅から帰ってしばらくすると、芳郎の家に電話があった。

「もしもし、お前の言う通り、送ってくれた干物と地酒でかあちゃん近所の同級生たちと酒盛りやってんだぞ。みんなお礼が言いたいっつうから、ちょっくら代わるぞ」

 いつもご馳走になってばかりで申し訳ないと代わる代わる礼を言われて恐縮する芳郎に、

「かあちゃん風邪引いたって、この仲間たちがいるから心配すんな」

 だば元気でな…と電話が切れた。

 一方達也は、ぎっくり腰になった母親から、近所に頼れる人がいなくて困っているという連絡を受けて故郷に飛んだ。

「大丈夫か?おふくろ…」

 と心配する達也に得意そうに通帳を見せて、

「いざという時の蓄えは、ほれこのとおりだ」

 達也からの送金は残らず貯金されていた。