ぬいぐるみ

令和02年06月20日

 新型コロナウィルスの緊急事態宣言が解除されて、久しぶりに房子との面会が許された。

「お母さんの顔見るの、二が月ぶりよね」

「だけど体温を測り、手を消毒して、お互いにマスクで顔を隠して応接室で十分間だけって、ちょっと厳しくないか?」

「感染者が一人でも出たら、グループホームは閉鎖だからね。面会できるだけ有難いと思わなきゃ」

「確かに…」

「何か持ってくでしょ?」

「何かったって、おふくろも、とうとうミキサー食になっちゃったから、好きな菓子パンもケーキも、どろどろにしたら何食べてるのか分からない。しかし手ぶらってのも寂しいしなあ…」

「そうだ!お母さん、動物が好きだから、しゃべるぬいぐるみでも見て来ようか…」

「ぬいぐるみがしゃべるのかあ…いいかもな。多少値が張ったって、おふくろにも特別給付金が来る」

「まさか十万円もするおもちゃを買うつもりじゃないわよね」

 思い立ったが吉日と、謙一と陽子はその日デパートのオモチャ売り場に出かけて行った。

 自宅待機が続き、デパートに行くのも二か月ぶりだったが、どこのフロアも思ったより人が出ていた。

「みんな外出に飢えてたのよ。まだ県外には出かけるなって言われてるから、せめてデパートに繰り出したのね」

「それにしても店員も客も一人残らずマスクしてる。こういうところが日本人ってすごいよなあ」

 家電売り場の一角におもちゃのコーナーを見つけた二人は、棚の商品を見て驚いた。

「おもちゃって今、こんなことになってるのね」

「確かにこれはおもちゃじゃなくて電化製品だ」

 センサー技術の発達で、呼べば鳴きながら近づいて来る犬もあれば、少し値は張るが、言葉を理解して振り向いたり、立ち止まったり、寝そべったり、お手をしたり…と、たくさんの動作をする犬もあった。

「これいいと思うけど、最近おふくろは言葉が出ないから、犬に命令ができないぞ」

「そうかあ…そうよねえ…」

 それじゃ、これは?と陽子が見つけたのは、一抱えほどある毛足の長いネコのぬいぐるみで、適用年齢は六歳以上だった。

「ちょっとこのサンプル、試して見るね」

 説明書を読んだ陽子がスイッチを入れて頭を撫でると、「気持ちがいいなあ~」、背中を撫でると、「う~ん、眠くなっちゃった」と、撫でる場所によって可愛い声で複数の反応をした。

「これはいいや、車椅子でも抱いたままで楽しめる」

「来た甲斐があったじゃない。やっぱりこういうものは通販じゃなくて実際に見て買うのが確実よね」

 感染予防のために等間隔に床に貼られた黄色い足型を一つずつ進んでレジにたどり着くと、係りの女性店員は、マスクの上だけで精一杯の笑顔を作り、

「お孫さんのお誕生日ですね?包装は?リボンは?」

 と立て続けに聞いた。そして、

「いえ…あ、はい…」

 煮え切らない返事をする謙一を訝しそうに見た。