弔辞

令和02年08月01日

 二十五歳の若さで自ら命を絶った結城沙紀の告別式は、遺影の笑顔を直視するのが憚られるような、張り詰めた悲しみに支配されていた。沙紀が二歳のときに夫と別れ、一人で苦労して沙紀を育てたという母親の美津子は、目を伏せ、唇を結んで、僧侶の読経を聞いていた。

 やがて読経が終わり、

「それでは、ここで、故人が会社で最も親しくしていたというご友人の正村恭子様から弔辞を賜りたいと存じます」

 進行役の男性のよく通る低い声に促されて、恭子が立ち上がった。その瞬間に、

「頑張ってね!」

 同僚の佐藤玲子が喪服の裾を引いて小さな声で囁いた。

「それぞれ都合はあるだろうけど、わずかこれだけの人数の会社なんだから、沙紀を全員で送ってやろうじゃないか」

 という所長の一声で、前川運送の事務部門の社員六人は、揃って参列していた。

 祭壇の前に進んだ恭子は、胸ポケットから弔辞を取り出した。

『沙紀ちゃん、昨日のお昼はいつものお店で一口カツ定食を食べました。私は生姜焼き定食が好きでしたが、どうしても沙紀ちゃんの好きだった一口カツ定食を食べてみたかったのです。でも結局一人で食べる食事は美味しくありませんでした。洋服の話、映画の話、ときには上司には知られたくない仕事の愚痴などを二人でおしゃべりしながら食べるから美味しかったのです。同期で入社してわずか三年で、まさかこんな悲しいお別れをするなんて、私はまだ信じられません。私にも話せない苦しいことがあったのだと思うと、それを分かってあげられなかった自分が悔しくてなりません。沙紀に会いたくなったらあのお店に行きます。そして泣きながら一口カツ定食を食べようと思います。ご冥福をお祈りします。  佐藤玲子』

 緊張して声が震えたが、それが効果的だったのか、会場からはすすり泣きの声が聞こえた。

 焼香が終わり、僧侶が退出し、母親の美津子が喪主としてマイクの前に立った。美津子は参列者を見渡すと、

「本日はお忙しい中を、娘、沙紀のためにご参列賜り誠に有難うございます。実は遺品を整理しておりましたら、沙紀の日記が出て参りました。一部をかいつまんでご紹介してご挨拶に代えたいと存じます」

 沙紀の日記を開いてゆっくりと読み始めた。

『お母さん、助けて下さい。私は職場で橘さんと小塚さんという二人の男性職員にいじめられています。最初は靴を隠されたり、パソコンの待ち受け画面が男性のヌード写真に設定されるといった、いたずらでしたが、だんだんエスカレートして、今日は水筒に醤油が入れられていました。男が欲しいという紙切れを背中に貼られたまま半日過ごしたこともありました。私の名前で独身の中年運転手さんのロッカーにラブレターが置かれたときは丁重なお返事を頂いて本当に困りました。みんな一緒になって笑っています。同期の恭子も何もしてくれません。お母さんに話しても悲しむだけです。中学のときにもいじめられたように、きっと私にいじめられる原因があるのです。もう疲れました。本当は長生きをして、年を取ったお母さんを支えたいと思っていましたが、心配をかけるだけの自分が辛いです』

 静まり返った会場に焼香の匂いが漂っている。