被害者の笑顔

令和02年08月06日

 勤務が終わって帰ろうとした結城沙紀は、取り出した靴の中に一通の白い封筒を発見した。

『今どき下駄箱にラブレターなんて沙紀ちゃんも古風ですね。気持はとても嬉しいですが、沙紀ちゃんには私なんかよりずっと素敵な相手が見つかりますよ。頂いた手紙はお返ししますので、このことはお互いに忘れましょう  眞二』

 同封されたもう一通の手紙には、書いた覚えのない文面が沙紀の名前で綴られていた。

『突然のお手紙に驚かれたことと存じますが、私にとっては思い余っての行動です。毎朝、眞二さんのトラックを送り出す度に胸が締め付けられるような気持になる理由が、恋だと自覚してからというもの、自分のいくじのなさにずっと苦しんでいました。今日こそ勇気を出して告白します。眞二さん、私とお付き合いして下さいませんか  結城沙紀』

 沙紀は顔面から血の気が失せて行くのを感じた。

「おや、恋は実ったかな?」

 背後から橘の声がした。振り向くと、橘と並んで小塚がスマホを構えて立っていた。

「もう!ひどいなあ、ふられちゃったじゃないですか」

 叩く振りをして橘と小塚を追いかける沙紀の様子も、小塚のスマホに撮影された。やがて一部始終が面白おかしい解説つきで職場のライングループに動画で配信されて、沙紀はいつものように笑いものになる。

 もう限界だった。

 下駄箱から消えたスニーカーを懸命に探す動画が流れたのが始まりだった。

「あは、所長の下駄箱に入れるなんて、私、バカですよね」

 沙紀は橘と小塚の仕業だと分かっていながら笑って見せた。

 持参した水筒に醤油が混入していたときも、

「うっそ!お茶がお吸い物になってる。でもまず~い!」

 沙紀は泣き顔で笑った。

 配送部からの伝票の束を小塚が床に落とし、

「おい、拾うの、手伝ってやれよ」

 橘が沙紀の背中をポンと叩いたあと、沙紀がコピー機や給湯器に移動する度に事務所に忍び笑いが起きた。

 退社時にロッカーで脱いだ制服の背中に、『男がほしい』と手書きした紙切れが両面テープで張り付けてあった。

「ふふ、沙紀ったら、全然気が付かなかないんだもの」

 と笑う同期の恭子に、

「もう…友達なら教えてくれたらいいのに」

 沙紀は笑って紙切れをゴミ箱に捨てた。

 沙紀が自分を守る方法は、先手を打って笑うことだったが、アパートに帰ると一人で泣いた。

 気を取り直して出勤してパソコンを立ち上げると、待ち受け画面が男性のヌード写真に変わっていた。

「あれ?沙紀ちゃん、エロいんじゃね?」

 橘が背後から覗いてはやし立てた。

「へへ、私、こういうの、タイプかも」

 沙紀は明るく笑ったが、目は笑ってはいなかった。

 翌朝、沙紀は前川運送を欠勤した。

「沙紀が無断欠勤なんて初めてだぞ。彼女、一人暮らしだろ?」

 心配だから誰か電話してみろと所長が言った。