隠蔽

令和02年08月08日

 結城沙紀の告別式が済んだ。肩を落として斎場を出る事務部門の六人に、足立所長は厳しい顔で言った。

「日曜に申し訳ないが、みんなこの足で事務所に集まってくれ」

 日記の紹介という形にせよ、沙紀が命を絶った原因が職場内のいじめであることが母親の口から公になった。今はまだ娘の自殺の原因を知って混乱しているが、やがて理不尽な一人娘の死に対する悲しみを前川運送に向けて、傷害致死罪で告訴したらどうなるのか?日記の記述だけで刑事訴訟は無理だとしても、民事訴訟で損害賠償という可能性はあるのではないか。義憤に駆られた参列者の誰かが、週刊誌に情報を提供したらどうなるのだろう?いずれの場合も事情は本社に伝わり、一営業所の問題では済まなくなる。

「君たちは何ということを…」

 喪服の六人の表情は告別式のときよりも沈んでいた。

「あの、所長…」

 労務担当の川崎がためらいがちに言った。

「職場のいじめが原因だと労働災害という線もあるのでは…」

「労災か…しかし、そこまでは母親も思いつかないだろう」

「いえ、このことで法律相談にでも出向かれれば、刑事も民事も労災も当然検討されるでしょう」

「納得できる金額を包んで謝罪に出向くか。ほんのいたずらのつもりが、こんなことになってしまって…と先手を打つんだ」

「お言葉ですが、謝罪は非を認めることになりませんか?」

「ふむ…火に油という結果になるか…」

「それより所長、まずは沙紀ちゃんに対するいたずらの証拠になるようなものを消すことが先決じゃありませんか?」

 沙紀と同期の正村恭子の言葉で、六人は慌ててスマホを取り出した。

「何だ、みんな、スマホに証拠でもあるのか?」

 恭子の差し出すラインを見た足立所長は言葉を失った。

 必死に靴を探す沙紀、『うそっ!お茶がお吸い物になってる』という声と共に水筒を掲げる沙紀、『男が欲しい』という紙切れを背中に貼って歩く沙紀…。どの動画の沙紀も笑っている。

「あと、こんなものもあります」

 運転手の眞二からの手紙を橘が差し出し、小塚が沙紀のパソコンの待ち受け画面の男のヌードを開いて見せた。

「消したまえ!全部削除するんだ。手紙は燃やす。待ち受け画面は元に戻す。とにかくいたずらの形跡は残さない!」

 慌てて作業にかかる六人の社員を見て、足立は無性に腹が立った。これはいたずらではない。間違いなくいじめだ。足立にも夏海という娘がいる。夏海が職場で同じ目に遭って自ら命を絶ったとしたら、果たしてこの六人を許せるだろうか…。

「所長、どの動画でも沙紀ちゃん、笑ってるでしょう?」

「だから私たち、本人も楽しんでいると思ってました」

 本当にそうなのか?という眼差しで足立は六人を見渡した。

 みんなおろおろと目を伏せた…と、ネットで何やら盛んに調べものをしていた川崎が再び口を開いた。

「所長、幸い沙紀さんは精神科に受診していません。証拠は削除しましたし、うつ病の医学的診断がない以上、いじめによる自殺を日記だけで証明するのは困難だと思います」

 幸い…と表現をする川崎を軽蔑しながら、足立は川崎の言葉にほっとする自分に愕然としていた。