改竄

令和02年08月25日

 父親と同じ東京大学の法学部を目指して懸命に受験勉強に取り組んでいた慎二の態度が変わった。

「慎二ったらこの頃、本当に変なのよ」

「変って?」

 夕食を役所で済ませた浩介は、十時過ぎに帰宅すると、ウィスキーの水割りを一杯だけ楽しむのが日課になっている。

「満足に口を利かず、何か言うとすぐ怖い目でにらみつけて、今日なんか学校も塾も休んでゲームばかりしているわ」

「ま、思春期は正常な成長過程だ、そっとしておくんだな。こじらせると取り返しがつかなくなる。バカじゃないんだから、そのうちこれではいかんと気がつくさ」

 風呂に入るぞ…と浩介は浴室に消えた。

「思春期ねえ…」

 晴美は階段の下で心配そうに二階を見上げた。

 慎二に級友からラインが送られて来て一週間になる。

『ユーチューブで、高木、改竄、自殺…と検索してみろよ。答弁しているのは慎二のおやじだろ?蔵人なんて珍しい苗字だから、すぐ分かる』

 お前んちには正義感というものはないのか?という一文が錐を刺し込んだように慎二の胸で痛みを放っていた。

 浩介は家では仕事の話はしない。それが分かっているから晴美も慎二も仕事のことは聞かない。国家には家族といえども覗いてはいけない部屋があって、慎二の父親はそこで重要な国家の仕事をしているのだと思っていたが、ユーチューブには全く尊敬できない父親の姿が映っていた。

 与党の大物政治家の汚職につながる一連の公文書を、上司の命令で改竄させられたことに心を痛めて、高木芳雄という実務官僚が自殺した。高木の残した手記が公になって、野党の検証チームが改竄の経緯を追及している。その矢面に立っているのが浩介だった。当時の担当課長は栄転し、後任の浩介も、これを切り抜けられれば上のポストが暗に約束されている。

「手記には上司の命令とありますが、事実はどうなのですか?」

「個別のことについては、お答えは差し控えさせて頂きます」

「人が一人亡くなっているのですよ。どうして高木さんは自殺されたとお思いですか?」

「亡くなられたことは大変残念に思っておりますが、原因については故人のプライベートに関わることですからお答えは差し控えさせて頂きます」

「改竄に関して職員間でやり取りしたメールがあるはずです。それを開示して下さいよ」

「情報は様々な形でやり取りされます。メールだけを開示しては誤解を招く可能性がありますので差し控えさせて頂きます」

「手記には報告書と異なる点があります。再調査して下さい」

「報告書は十分な調査に基づいて作成されたものと理解しておりますので、これ以上の調査は必要ないものと考えています」

「あなたたちには人間の心はないのですか!」

 罵声を浴びながら、父親は能面のような顔をしていた。息子の目から見ても蔑むべき人間だった。東大を出て官僚として一定の栄達を果たした父親は、こんな仕事をしている。そして帰宅すると何事もなかったようにウィスキーを飲んでいる。

 慎二はやがて、卒業したら調理師になると言い出して周囲を驚かした。