育児方針

令和02年09月08日

 直樹がぐずぐずと登校できない日が今日で一週間を超えた。

「直樹ったら何を言っても黙ってしまうのよ。あなた大学で発達心理学を教えているんだから、どうしたらいいか教えてよ」

 文子は困った顔で一郎に聞いた。

「学校休んで相変わらずゲームやってるのか?」

「そう。体調がすぐれないので…と連絡するのも心苦しくて…」

 今朝は担任から診断書を求められて文子は困っていた。

「一年生に上がって環境が大きく変化したんだ。繊細な心の持ち主ほど適応には時間がかかる。家庭に思い当たることがないのなら、学校に何か原因があるに違いないが、それを言語化するのは無理だろう。今は原因を追及するより、不登校という経験を通じて大切なことを学んでいると考えた方がいい」

 必要なだけ学べば、コップの水があふれるように次のステージに行く。絶対に理由を問い詰めたり、登校を強制したりしてはいけないぞ、という一郎の答えは文子の想像通りだった。

 植物と同じで子どもは自分の力で成長する。それを妨げないのが親の役割だ。土が乾いたら水をやるように、環境を整え過干渉を戒めて、あとは子ども自身の発達する力を信じればいい。それが一郎の持論だった。両親は直樹にとって常によき理解者だった。好ましい言動を褒めることはあっても、不都合な行為を叱るという機会はなかった。一人っ子の直樹は、家では伸び伸びと振る舞う一方で、学校では委縮した。

 そんなところへ、名古屋から二郎たちが遊びに来た。

「兄さんが東京にいてくれて助かるよ、な?恭子。親子三人となると、土日の宿泊費もばかにならない」

「図々しくお世話になって済みません。夏休みはディズニーランド、混むでしょ?だから休み明けにしたのですよ」

 これ、ほんの気持ちですと恭子が文子に手土産を差し出した。

「それにしても広志、大きくなったなあ…直樹と同い年だろ?」

 一郎の感慨をよそに子どもたちはゲームに夢中だった。

「おい広志、宿題を先にやるという約束を忘れたのか!」

 二郎が厳しい口調で言った。

「あなた、着いたばかりよ。せっかく遊んでるんだから…」

 ねえ、直樹くんと恭子が取り成した。

「約束は約束だ、広志、お父さんは約束を守らない子は嫌いだ」

 ディズニーランドはやめて名古屋に帰るぞという二郎に、

「三十分だけよね、広志。三十分したら宿題をやろう。子どもたちは会えばまずはゲームだもんね」

 恭子は譲らない。

「ま、少しぐらいいいじゃないか二郎」

 一郎が間に入ったが、

「兄さんは黙ってて。広志が約束を守らない人間になったら、結局、社会に出て本人が困ることになる」

「あなた、大袈裟だわよ、第一、お兄さんたちにだって悪いわ」

「何言ってるんだ。約束を守ったり意見を言ったり、社会でちゃんと生きて行ける人間に育てて送り出すのが親の責任だろ」

 激しさを増す夫婦の対立に、

「二十分したら宿題やるからさあ、二人とも仲良くしてよ」

 広志が大きな声で終止符を打った。

 社会に出ると理解者ばかりではない。意見が対立する家庭の中で、広志は社会性を身に着ける訓練をしてるのか…。

 一郎は自分の育児方針を改めなくてはと思っていた。