クレーマー

令和02年10月29日

 深夜、寝返りを打った拍子に、背板が枠から外れてベッドから落ちたと聞いて、綾子は体中が泡立つほど腹が立った。

「買ってひと月も経ってないのよ!そもそも欠陥商品か、組み立て方がいい加減だったんだわ。私、店に電話する」

「急にガタン!と頭が下がって、びっくりしたけど、マットレスのおかげで怪我はせなんだし、外れた金具をつけ直して何とか元通りになったで、穏やかにしたらどうや」

 朝子はそうやって、ずっと事なかれ主義で生きて来た。

「怪我がなかったのは幸いだったけど、お母さんは八十六歳なのよ、骨だって脆くなってる。運が悪ければ命に関わることだってあるんだからね。都会では文句を言わないと負け犬なの」

「この年で施設に入って、嫁いだ娘の世話になって…まあ、私は、いつ死んでもええと思っとるで…」

「何言ってるの、簡単には死ねないわ。骨折して介護が必要になったら、ケアハウスには居られなくなるのよ」

 車椅子生活にでもなれば、急いで介護施設を探さなくてはならない。田舎の家で買い物や調理やゴミ捨てがおぼつかなくなった朝子のために、給食と風呂が付いて費用の安いケアハウスを探したときの苦労を思うと、絶対に怪我をしてもらっては困る。そう思うといたたまれなくなった綾子は、ベッドを買った家具の量販店に電話して担当者に激しく抗議した。

「それはご迷惑をおかけしました。お怪我がなくて何よりでした。早速点検に向かわせますが、ご都合はいつなら…」

「え?同じベッドを使わせる気ですか?不具合があったベッドは心配で、母には床に布団を敷いて寝てもらっていますが、やはり立ち上がりが大変で…。こちらとしては差額をお支払いしてでも、もっと丈夫なベッドと交換して欲しいのですが?」

「そうですか…それでは真ん中を金具でつなぐタイプのものではなく、一本の板の枠のベッドで検討されたらどうでしょう」

「結構です。母は不便してますから、一番早く搬入できるものを提案して下さい。形式が分かればネットで確認します」

 というやりとりの末、二万円ほど追加して五日後に新しいベッドが搬入されたが、古いベッドを解体した二人の店員は、組み立て作業を終えると、それじゃど~も~と帰ろうとした。

「ちょっとあなたたち、不具合の原因の説明もなしですか!」

 怒りをぶっつけても悪びれる様子のない二人に、綾子の憤懣は募る一方だった。売る人は売るだけ、運ぶ人は運ぶだけ、苦情を聞く人は聞くだけで、誰が責任者かも分からない。

 いつからこんな世の中になったのだろう…。

 週末は気晴らしに大学時代の同級生の敦子と喫茶店で待ち合わせ、少し高いケーキを食べておしゃべりをした。

 互いの子どもの話になると、

「うちの娘の夫は家具の量販店のエリアマネジャーをしてるんだけどね…」

 敦子はそう前置きをして、

「先週は安物のベッドを買っておいて、不具合があったから新しいのに替えろとか、きちんと謝罪しろだとか、大変なクレーマーがいたそうよ。家で夫の愚痴を聞かされる娘も大変みたい」

 刺々しい世の中になって、子供たちも苦労だわよ、

「ね?」

 と言われて綾子は曖昧に話題を変えた。