振り込みの手口

令和02年12月03日

 医療点数の遡及改訂があって、二年分の過払い医療費の還付が受けられる。

「前に青い封筒でお知らせしましたが、手続きをなさらない人に、期間外の手続きをご案内しています。どうなさいますか?」

 区役所の保険年金課の職員は、固定電話でそう聞いた。

「青い封筒?いつ頃の話ですか?」

「六月ですから、三か月前です」

「いくら戻りますか?」

「ええっと…山脇様の場合は…三万八千円ですね」

 達彦には青い封筒を受け取った記憶がなかったが、先月国道で捕まったスピード違反の罰金が三万八千円だった。偶然とはいえ、金額が同じであることに達彦は運の良さを感じた。

「保険年金課へ伺えばいいのですね?」

「いえ、市民の皆様の便宜を考えて、手続きを銀行に委託して行っています。これからは行政改革で役所の手続きはどんどん銀行やコンビニでできるようになりますよ」

 取引銀行はどこですかと聞かれて口座のある銀行の名前を告げると、五分ほどして、

「もしもし、区からの委託でお電話しています。山脇達彦様のお電話で間違いございませんか?」

 区の職員の説明通り、銀行の本店から電話がかかって来た。

「はい、本人です。区から電話を頂いてお待ちしていました」

「ええっと、山脇さん、お客様番号を書いた紙はお持ちでしょうか?青い封筒で届いていると思いますが…」

「お恥ずかしいですが、青い封筒自体、見た覚えがありません」

「そうですか。でもお客様番号は再発行できますから、大丈夫ですよ。キャッシュカードと通帳を持って最寄りのATMコーナーに出向いて下さって、着いたら私の携帯にお電話下さい」

 達彦は電話の相手と携帯電話の番号を交換して、早速、指定されたATMコーナーに自転車を走らせた。

「あの…山脇ですが、着きました」

「まずは本人確認を行いますから『残高確認』というところをタッチしてATMに通帳とキャッシュカードを入れて下さい」

「表示された残高を左から数字で読み上げて下さい」

「はい。こちらの数字と一致しましたので、これでご本人であることが確認できました」

 なるほど、銀行なら残高を照合することで本人確認ができる。だから区役所は銀行に業務を委託したのだ。

「では過払いの医療費をお振込する手続きに移りますので『次へ』を押して『振り込み』をタッチして下さい」

 触れると、ごく自然に『振り込み』の画面に変わった。

「そこに振り込み元の口座が表示されますので○○銀行××支店をタッチして、今から読み上げる番号を入力して下さい」

 振り込まれる側が振り込み元の口座番号を入力するのは不自然極まりないが、頭の中で両者がすっかり逆転していた。

「最後にお客様番号を申し上げるので入力して下さい。いいですね?1、8、4、2、6、2、3」

「はい、これで手続きは完了です。それでは三万八千円をお振り込み致しますから『振り込み』をタッチして下さい」

 達彦は振り込みをタッチした。

 その瞬間に、お客様番号と同じ百八十四万二千六百二十三円が通帳から消えて残高はゼロになった。