日記

令和02年12月20日

 蝋人形のような顔で横たわる一人娘のベッドサイドで、先生、亜由美は…と心配そうに尋ねる小島茂樹と玲子に、

「胃はきれいに洗浄できましたのでご安心下さい。市販の睡眠薬では死ねません。ただ薬の影響は明日一杯残るでしょう」

 若い主治医は慣れた口調で答えたあとでこう付け加えた。

「中学二年生は一番難しい年齢です。懸命に大人のふりをする不安定な子供だと考えた方がいい。原因を解決しないと自殺未遂を繰り返しますよ。危険な薬物もネットで簡単に購入できる時代ですからね。心当たりはあるのですか?」

 二人は顔を見合わせたが思い当たることがない。

「そうだ、お前、今からうちに帰って亜由美の部屋を探してみたらどうだ?タイミングとしては今夜しかないぞ」

「分かった、そうする」

 茂樹を病室に残して、玲子は亜由美の部屋を隈なく探し、本棚の隅に隠すように保管してある日記帳を発見した。

『これでひと月…先生がいないところでは誰も口を利いてくれない。つらい。助けて欲しい。でも親には絶対に言いたくない。言えば学校に伝わって、担任がいじめの調査をして、結局、何も見つけられなくて、いじめはどんどんひどくなる。真梨子の指図だと思う。こんな毎日が続くのなら死んだ方がいい。私が死ねば真梨子は一生負い目を背負って生きることになる』

 玲子がコンビニでコピーした文面を廊下で読んだ茂樹は、

「誰だ、この真梨子というのは…」

「さあ…最近あの子、学校のことは話さないから…」

「そうか。結局、親は子供のこと何も分かってないんだなあ」

「子供だって親の気持ちが分かってないわ。だからこんなことするんじゃない」

 声を落として話しながら、玲子は涙ぐんでいる。

「とにかく、明日、学校に行くよ。放ってはおけないからな」

「だめよ、日記にも書いてあったじゃない、先生は当てにならない。言えばもっと深刻なことになる。いじめはじっとやり過ごすしかないのよ。転校したっていいじゃない」

「転校だって学校に黙ってはできないだろう。亜由美は死ぬところだったんだぞ!」

 さんざん話し合った末、翌朝、茂樹は村瀬という男性担任に電話で用件を話し、午後四時に学校へ車を走らせた。

 狭い面談室で事情を聴き、日記を読んだ村瀬は、

「まずは命に別状がなくて何よりでした」

 顔を上げたが、その無気力な表情に茂樹は腹を立てた。

「また同じことが起きるかも知れないのですよ、先生。いったいどういう子なのですかこの真梨子という生徒は…」

 詰め寄る茂樹に困ったように分厚いファイルを開き、

「これ、一学期に真梨子が書いた日記です」

 村瀬は一枚のコピーを差し出した。

『みんなに私を無視させている犯人は亜由美だと晴香が教えてくれた。でも何もできない。親に言えば先生に伝わる。伝わればいじめはひどくなる。ああ、どうしたらいいか分からない』

 茂樹は言葉を失った。

「真梨子は円形脱毛症になり、一か月間、不登校が続きました。加害者になったり被害者になったり…実は小島さん、我々教員もどうしたらいいか分からないのです」

 村瀬の表情は苦悩に満ちていた。