令和03年04月24日

 わずか一泊二日の体験だったが、祐一は肉体の疲労以上の充実を感じていた。地区別に移送を担当するボランティアのワゴンで現地に入り、どっかりと雪に埋もれた大きな屋根を見上げたときは、こんな大量の雪が人間の力で取り除けるものだろうかと気おくれしたが、ボランティア数人がそれぞれ懸命にスコップを振るうと、半日で半分以上の雪を下すことができた。

「ふう…」

 腰を伸ばして見渡すと、銀世界に点在する民家の屋根で作業する、ボランティアたちの色とりどりのヤッケが美しかった。

「では、皆さん、そろそろお昼にしましょう!」

 黄色い腕章をつけたリーダーの声で屋根から降りた学生たちには、地元の女性ボランティア団体が準備したおにぎりと豚汁が待っていた。

「皆さん、本日はありがとうごぜぇます。夜中にギシッと音がして、外へ逃げ出そうにも敷居がたわんで障子が動かねえ。もう少し遅ければ、おらぁ、かかぁの位牌を握りしめて、家もろとも雪の下で死んでいたかも知れねえ」

 一人で暮らしているという八十二歳の源次さんは、そう言って深々と頭を下げた。

 スコップを振るう度に確実に雪が減った。自分の労働の結果が見えて、間違いなく誰かの役に立っていた。

 遠方からの参加者は現地で宿泊したが、これもスキー場の民宿の好意で負担はわずか二千円だった。簡単な懇親会が開催されて、缶ビールとワンカップで互いの労をねぎらった。

 同じ目的で肉体の疲れを共有すると、一体感が高まり、乾杯のあとは本音の自己紹介が飛び交った。

「ぼくは彼女と別れた辛さを忘れる目的でボランティアに参加しました。未練を断ち切るためにスマホは置いて来ました。動機は不純でしたが、過去からも未来からも離れて全力で今を生きることを体験して、とても充実しています」

 今夜は源次サンの夢を見そうですとしめくくった祐一の自己紹介に大きな拍手と笑いが起きた。

 翌日の午後三時までスコップを振るって、東京へ戻った祐一の部屋には明かりがついていた。

「母さん!どうしたんだよ」

「どうしたじゃないわよ、携帯は出ないし、行方は分からないし。あんた、どこへ行ってたのよ」

「新潟でお年寄りの家の雪下ろしだよ」

「ボランティア?泰三さん、自分が救急で運ばれたのにあんたのことばかり心配して、うちにも電話をくれたのよ。二日いないからって捜索願もおかしいし…」

「え!泰三さんが入院?」

「泰三さんは心臓が悪くて、一人じゃ不安だから、只みたいな家賃であんたに部屋を貸してくれてるんでしょ。今回は自分で救急車が呼べたけど、夜はここにいるのがあんたのボランティアじゃない」

 祐一には言葉もなかった。

 新潟まで行かなくても、雪はこの家にあった。

「おれ、病院に行って来る!」

 ヤッケ姿のまま階段を駈け下りる祐一を、

「私も行く」

 コートを羽織りながら母親が追いかけた。