予告

令和03年05月12日

 毎朝新聞の正木記者は、社会部に届いた一通の封書を差し出して、

「デスク、自殺予告です。どう扱いましょう?」

 手紙を読んだ佐山デスクは表情を変え、

「封をして読まなかったことにしよう」

 思いがけない反応をした。

 文面によると差出人の斎藤充彦は中学三年生である。手紙には執拗に続く級友からのいじめの実態が綴られた上に、

『母親にも担任にも相談しましたが、取り合ってくれません。ぼくは高校生にならないまま二月一杯で死にます。いじめの内容は学校にも手紙で知らせてあります。大騒ぎになるでしょうが、母は母子家庭であることを責められるのが怖くて、いじめの事実を隠します。しかし、いくら健吾がPTA会長の息子だからといって、学校が隠すのは許せません。ぼくの死について学校が心当たりがないと言ったら、どうぞ新聞に公表して下さい。ぼくは大脇健吾と、臆病な母親と、知らん顔をしている仲間たちと、学校に殺されるのです』

 と締めくくられていた。

「フェイクかも知れないが、本当なら大変なことになる。正木は記事を準備しろ。あと二日、手紙は封をしておれが保管する」

「え?自殺を思いとどまらせなくていいのですか?」

「思いとどまってはスクープにならないだろう。いいか、おれたちは自殺の当日手紙を読むんだ」

 二日後に学校に届いた同様の手紙を前に、担任の佐伯裕二と水口教頭が校長室で田崎校長と額を突き合わせていた。

「教科書を破る、靴を隠す、椅子の座面に糊を塗る、斎藤の携帯で女子に告白のメールを送る、クラス全員で斎藤を無視する…随分ひどいですが、佐伯先生は二度相談を受けたのですね?」

「大脇に注意をしようと提案しましたが報復を恐れてその都度拒否されました。私に何ができるのでしょう…」

 教員は一人の生徒にずっとついている訳にはいかない。いじめる側への指導が報復につながるのであれば、いじめられる側が転校する以外に方法はないではないか。

「違いますか?」

 水口教頭には反論もないが、手紙には自殺が予告されている。

「今日が予告の日ですが、斎藤は?」

「いつも通り登校していますから、まさか死ぬようなことは…」

 いっそ不登校になった方がいいと三人は密かに思っていた。

「斎藤から目を離さないで下さい。手紙は破棄しましょう」

 田崎校長が厳しい表情で言った。

「佐伯先生は相談をうけて適正に対応しています。斎藤の訴えも証拠がある訳ではない。クラスメートにアンケートを取れば、保護者に伝わって問題を大きくする」

 破棄するのが一番でしょうという校長に、

「不都合な文書は破棄する。政府もやってることですからね」

 教頭が同調した。

 佐伯が目を離した隙に斎藤充彦が校舎の屋上から飛び降りたのは、その日の午後だった。内ポケットの遺書には大脇健吾の名前といじめの実態と、学校と毎朝新聞社に自殺予告の手紙を送ったことが書かれていた。ニュースもワイドショーも悲劇を報じ、翌朝の新聞各紙は『生徒の予告虚しく』というタイトルで、学校と毎朝新聞の対応を厳しく糾弾した。