スーパー銭湯

 昔のパート仲間との付き合いと称して、

「それじゃ、火に気をつけて下さいね」

 妻がランチに出かけてゆくと、無趣味な卓夫は何とも所在がなかった。定年後も再雇用制度でさらに五年間、同じ職場を勤め上げて年金生活に入ったにもかかわらず、妻のように辞めてからまで続く仕事の仲間は皆無だった。大げさなワイドショーにも時代劇の再放送にもうんざりした卓夫は、近所に開店したスーパー銭湯の看板を思い出して出かけてみた。

 高齢者ばかりが無言で湯に浸かる昼間の銭湯は、衰えた肉体が露わなだけに、この世の役割を終えた者たちの吹き溜まりのように見えた…と、一番大きな湯船からくぐもった会話が聞こえて来た。人恋しさに駆られるように、卓夫は会話の主の近くに体を沈めた。気泡の音で内容は聞き取れなかったが、年齢から推して祖父と孫に違いかった。親しげな老人と若者が卓夫は羨ましかった。卓夫にも高校生の孫がいる。髪を茶色に染めて卓夫の誕生日にはエビでタイを釣りに来るが、卓夫は孫とまともに会話をした記憶がなかった。しかし孫をそんなふうに育てた父親は、結局卓夫の息子であることを思うと、人生の後半は蒔いた種を刈り取る作業であるらしい。

 老人が若者に、そろそろ上がろうという素振りを見せた。若者はすかさず湯船を出て老人の手を取った。足元のおぼつかない老人を支えるようにして二人は洗い場に移動した。

 心温まる光景を見た…と卓夫は思った。

 色々な湯船をのんびりと楽しんで、銭湯を出たところに中華飯店があった。

 火照った体が冷たいものを欲しがっていた。

「ええっと、生中と餃子をもらおうかな」

 「お客さん、うちは食券なんで、すみません」

 自販機の前に立った卓夫は我が目を疑った。

 ボディに『有料老人ホームやすらぎの里』と書かれた白い乗用車が目の前を通り過ぎた。

 助手席は反対側になって見えなかったが、運転していたのはあの若者だったのである。