頭巾

 七十代も後半だろうか、ウグイス色の生地に花柄の頭巾を被った小柄な女性は、頭巾とお揃いのワンピースの裾をひるがえし、腕に黄色の花束を抱えて地下鉄の通路を急いでいた。身体を前に傾けて全速力で歩く姿は、小さなおもちゃの兵隊が突撃しているように見えた。同じ方向へ歩いていた私は、その奇妙な勇ましさを見失うまいとして思わず後を追った。黄色い花束がエレベーターに消え、遅れじと階段を駆け下りた目の前を列車が通り過ぎて、プラットホームには私と女性が残された。

「ふう…間に合いませんでした…」

「すぐにまた来ますよ」

 同じ状況を共有する気安さと、親子ほどの年の差が初対面の垣根を低くしていた。

「随分急いでいらしたようですね」

「いえ、足を衰えさせないために、歩くときはできるだけ早足にしているのですよ」

 しかし最近は階段が辛くてエレベーターを使います…と、女学生のように首をすくめる様子は、はっとするほど若やいで見えた。

「お花の集まりですか?」

「ああ、これは玄関に飾ります。たとえ花でも家に生き物がいると淋しくありませんからね」

「お一人なのですか?」

「主人が亡くなってもう二十年になります」

 男の子ばかり三人育てたが、エレベーターのない長男のマンションでは暮らせないし、姑の面倒は看ない約束で結婚した次男の嫁は頼れないし、三男の嫁はうつ病で姑の世話どころではない。

「だから私は、病まぬように呆けぬように気をつけなくてはならないのです。あ、この頭巾もワンピースも自分でこしらえたのですよ」

 女性はちょっと得意そうにそう言うと、

「ただ…」

「ただ?」

「次男の糖尿病が心配で…」

 顔を曇らせた時、列車が来た。

 別れ際に年齢を聞くと、女性は何と九十四歳だった。