芝居小屋のマサ

 いつものように釣りは要らないよと二千円を差し出すマサを、木戸番の爺さんは惚れ惚れと見た。時代から取り残されたような小さな芝居小屋に通ってくる客は、同じように時代から忘れ去られたような年寄りばかりだったが、マサだけは華やかだった。

 不揃いな座布団を敷いて客席に陣取る二十人余りの常連客たちに、マサは売店で買った数種類の菓子袋を気前よく回した。すると客たちは口々に礼を言いながら、少しずつ体をずらして舞台の正面にマサの場所を作った。

「あんたはこんな芝居小屋ではのうて、歌舞伎に行く人やと思うけどなあ」

「いえ、私、こういう芝居が好きなんですよ」

 マサが座布団の上で上品に膝を崩したとき、ブザーが鳴って舞台の幕が開いた。

 芝居はお定まりの股旅物だったが、いかさま博打に引っかかってやくざ者に付け入られる放蕩息子は、パチンコ狂いのマサの長男と重なった。奉公人の尻を追いかけては妻を泣かせる主人は、三十代半ばで別れたマサの前夫と重なった。やくざの親分と組んで店の実権を握ろうとする嫁は、悪意のこもった物言いでマサを悩ませる長男の嫁に似ていた。

「狭くて息が詰まるぜ、このマンションはよ」

「友達はみんな自分の部屋を持ってるよ」

「お義母さんが倒れて施設にでも入れば和室が空くんだけどね」

 マサが苦労してローンを払い終えた中古マンションに転がり込んで来たくせに、息子夫婦はマサを邪魔にする

 年金の年齢になってもマサはパートを続け、夜は遅くまで外で時間をつぶした。

 マンションにマサの居場所はなかった。

 芝居に続いて舞踊ショーが始まった。

 着流しの座長が目の前で流し目を送った。

 駆け寄って襟元に一万円札を挟むマサの姿をスポットライトが照らした。