待ち合わせ

 仕事のついでに足を延ばした晩秋の金沢は、ふとした路地のたたずまいにも歴史の奥行きを感じさせて、町全体が壮大な神社にでもなったかのような静謐に包まれていた。丹念に雪吊りを施した樹木が、冬の厳しさへの覚悟を表明するように天を指している。お堀端のベンチに腰を下ろすと、紅葉した楓が石垣から大きく張り出して、水面に鮮やかな緋の対称を映し出していた。その美しさを写真に残そうと、邦雄が携帯電話のカメラを向けた時、

「あの、ここ、よろしいやろか?」

 傍らに年輩の女性が立った。どうぞどうぞと体をずらせた邦雄の横に座って、

「きれいな町ですやろ」

 女性は得意そうに言った。

「金沢の人ですか?」

「いえ、主人と出会った思い出の町を、久しぶりに訪ねて来ましたのや」

 戦争末期に金沢に疎開していた女性は、連隊に勤務していた夫と、ちょうど今いる、この場所で知り合ったのだという。

「両親からの手紙を読んで、恋しくて泣いている私に、どうしたのかと軍服姿の夫が声をかけてくれまして」

「そうでしたか。で、ご主人は?」

「幸い戦地に行く前に終戦でした。もう少し散策したらここに来るはずです」

 と、そこへ白いジャージィ姿の女性が近づいて来てベンチの前にしゃがみ、

「路子さん、ご主人は先にお家へ帰っていらっしゃいましたよ。早くもどりましょう」

 ジャージィの胸にはグループホームの名前がプリントしてあった。

「あれあれ、ここで待ち合わせのはずでしたが」

 と立ち上がる背中に手を添えて、ジャージィの女性は邦雄に軽く会釈をし、戸惑う邦雄の耳元でこうささやいた。

「グループホームを抜け出すと、いつもここでご主人を待っておられるのですが、結婚歴はないのですよ」