孤立死

 一晩中明かりがついている部屋の存在がマンションの役員の口の端に上り始め、

「あの電気なら、ふた月以上つけっ放しですよ」

 という情報で大騒ぎになった。郵便受けにはチラシや葉書が放置されている。管理会社によれば、住んでいるのは大場義和と美津という老夫婦で、管理費は通帳からきちんと落ちていた。

「ご主人はもう長いこと見ませんよ。もっとも奥さんだってスーパーの袋を下げて部屋に入る姿をたまに見かけるだけですが、そういえばここんとこ奥さんも見ませんねえ…」

 隣家の主婦の言葉は、互いに没交渉の都会の暮らしをよく表していた。不吉な想像に駆られた三人の役員たちは管理会社の職員に立会いを求めて合鍵を使って中に入った。

 大場さん…と呼んでも返事がない。

「上がりますよ」

 明かりのついた居間に、炬燵を抱くような形で美津の後姿があったが、

「大場さん?」

 肩に手を置いた役員は、熱いものにでも触ったかのように飛びのいて尻餅をついた。

 美津は炬燵を抱いたまま死んでいた。

 美津の孤立死を、都市に住む高齢者の不安の象徴としてメディアは大きく報道した。

 遺品の中に一通の封書があった。

『前略、あの日、美津さんとポックリ寺で知り合えて本当に嬉しく思いました。お互いに夫を亡くして身寄りのない年金暮らし。病んだら医療費も支払えません。いよいよとなったら食を断つという美津さんの覚悟を聞いて、私も密かに同じ決意をしています。神仏も努力する人の願いしか叶えてはくれません。それにしても、電気をつけっ放しにしておくのは妙案です。少しでも早く発見された方が迷惑も少ないですからね』

 それでは十分に生きた自分の身一つ、上手に始末致しましょうという文章で結ばれた手紙は、遠縁の遺族に渡されて、誰も読まないまま処分された。