孤立死2

 妻が死んで困ったのは家事ではなかった。

 半分になった年金では月四万円の家賃を支払うとどうにも生活が成り立たなかった。市役所では生活保護という制度を紹介されたが、

「扶養の義務がありますから、一度息子さんには出向いて頂くことになりますよ」

 と言われて秀治は逃げ帰った。新しい母親に馴染めずに悪い仲間に加わり、高校半ばで家を出たまま消息のない功一のことは、なき者として暮らして来た。

 その朝、全身に嫌な悪寒がしたが、体がだるくて病院に行く気力がなかった。寝ていれば治るだろうと、もう一度布団にもぐったら、今度は起きられなくなった。体の芯が溶けるように熱く、舌はざらざらにひび割れた。苦しくて電話に手が伸びたが、入院費のことを考えるとダイヤルができなかった。数日が経って、喉の渇きも空腹も感じなくなった頃、ドアがノックされて外から男女の声が聞こえて来た。


「五日顔を見ないからといって異変が起きているとは限らないですよ」

「でも、亡くなっていたりしたら困るでしょ?合鍵で入ってみる訳にはいきませんか?」

「管理人だからといって勝手には入れませんよ。ま、こうして様子を見たのですから、お隣りの責任は一応果たされたということで…」

 異臭でもしたらご連絡下さいと言い残して階段を下りて行く管理人の足音を、秀治は遠い世界の音のように感じていた。助けてくれと声を上げれば救急車を呼んでくれるに違いないが,恐らくもう声は出ないだろう。それに、助かったところで状況は何も変わらない。

 箪笥の上で若い頃の妻の写真が笑っていた。

 ふいにベランダの鉢植えに水をやってないことが気になった。

 この部屋の生き物はみんな終る…。

 それでいいのだと秀治は思った。

 やがて管理人の足音が遠ざかり、隣の主婦のドアを閉める音がした。