ショートホープ

 期限の迫る設計を仕上げるために、隆幸はここ数日オフィスに泊まり込む日が続いていた。血液が粘性を増すような倦怠感は、疲労が原因だと思っていたが、仕事が一段落して銭湯に行こうとすると、両足がむくんでいた。下腿を指で押すと、窪んだ指の跡が戻らなかった。ただならぬ不安に駆られて受診した診療所の医師は、その場で作成した紹介書を隆幸に渡し、

「すぐに大きな病院の腎臓内科にかかりなさい」

 命令するように言った。

 考える余裕もなく人工透析が始まった。

 急性腎不全だった。

 夜間とはいえ、二日に一度、機械に四時間つながれる生活は、隆幸から職場を奪った。複数の職員が歩調を合わせて作業を進める設計事務所という職場では、残業ができないという条件は致命傷だった。

 職場だけではなかった。

 透析患者との将来に希望を失って、恋人は隆幸のもとを去った。

 気晴らしをしたくても、二日に一度という透析頻度では、大好きな遠出の旅行は不可能だった。

「…で、故郷に帰って来たという訳だね?」

「障害年金だけでは都会の家賃はとても…」

「透析患者は心配してくれる家族のそばが一番だよ」

 同じ曜日の同じ時間帯に並んで透析を受ける楢崎は、

「やっぱりショートホープだぞ」

 唐突に付け加えた。

「ショートホープ?」

「私は透析を導入した時、結婚二年目だった。まだ子供がなかったから、さんざん迷っていたら、うちのが言うんだよ。これからはショートホープで生きましょうって」

 まず子供が生まれるのを楽しみにする。生まれたら歩くのを楽しみにする。歩いたら保育園に入園するまでは頑張ろうと思う。

「花壇に種を撒いたら花が咲くまでは頑張ろう、庭木に林檎を吊るしたら、どんな鳥が食べに来るかを楽しみにしよう。ショートホープ…つまり、近い将来に小さな希望を繋いで繋いで…」

 もう三十年も生きてしまったと、言ったあとで、

「まさかうちのが先に逝くなんてなあ…」

 しみじみとつぶやいた。その腕の、瘤のようになったシャントに、既に老廃物を漉した真っ赤な血液が、時を刻むように流れ込んでゆく。