仕送り

 澄子が入院したという連絡を受けて、嘉彦は慌てて福岡行きの飛行機に乗った。窓の外には初夏の日を浴びて真っ白な雲海が広がっている。あの美しい雲の群れも、地上から見れば青空を遮る暗雲なのだ。

「隣のキヨさぁが見つけて救急車ば呼んでくれた。この炎天下に裏の畑で大の字になって鼾をかいとったと。脳出血たい。手術はおいの一存で同意ばした。なあん、澄子は運の強かおなごたい。おはんを産むとき一回死にかけとる」

 心配するなという叔父の励ましより、脳出血と言う言葉だけが、忌まわしい呪文の様に耳に繰り返されていた。

(死ぬな…母ちゃん)

 あと三年で嘉彦は定年になる。喜寿を境に簡単な手紙を添えて毎月五万円の仕送りを続けて来たが、仕事を辞めたら、嫌がる妻を東京に残してでも実家で親孝行の真似事がしたい。

 雲海の中に澄子の姿が浮かんでは消えた。大の字になった澄子は、採れたての茄子を自慢する時の顔で笑っていた。

 タクシーで駆けつけた病室には親戚が大勢集まっていて、嘉彦を見るなり妹の民子がその場に泣き崩れた。

 ベッドに横たわる澄子の顔は、白い布で覆われていた。

(かあちゃん…)

 中学二年生の時の炭鉱事故の病室が蘇えった。横たわっているのは父親で、泣き崩れているのは澄子だった。

「見ちゃらんね、穏やかな顔しとろうが」

 叔父の言葉通り、澄子は眠っているような表情で家に帰ってきた。仏壇には今朝澄子自身が手折ったに違いないグラジオラスが供えられていた。そして仏壇の下の引き出しからは、嘉彦の送った現金封筒の束が、現金には手をつけないまま発見されたのである。