振り込め詐欺

 達子から野菜が届くのは珍しくはなかったが、

「あなた、お義母さんに何か頼んだ?」

 妻が差し出した手紙には几帳面な文字で意味不明の文面が綴られている。

『頼ってくれて嬉しかった。これからも困った時は遠慮しないで電話しなさい』

 博昭は慌てて実家に電話をかけた。

「ああ、野菜が着いたか?無農薬だからな」

 安心して食べろと言う達子を遮って、

「困った時は遠慮しないで電話しろってどういう意味?」

「頼まれて振り込んだ二百万のことだよ。お前、随分遠慮してたから…」

「どこへ?どこへ振り込んだんだ」

「振込先はお前が知ってるはずだろ?」

「いいかおふくろ、落ち着いて聞いてよ。それって振り込め詐欺だと思う」

 振り込んだのはいつ?金額は?銀行は?とたたみかけても埒が開かないと悟った博昭は、

「明日、休みを取ってそっちに行くから」

 と言って電話を切った。

 振り込め詐欺…。

「仕事で穴を開けて困っているんだ。これから言う口座に今日中に二百万振り込んでほしい」

「今日中ったって…」

 電話は三日前、あと一時間で信用金庫が閉まるという時間帯にかかって来た。七十五歳を過ぎて、すっかり頼られることのなくなった達子は、一人息子からの電話が嬉しかった。高齢者のそんな気持ちを逆手に取った悪の手は、こんな田舎で暮らす達子にまで伸びていた。

 翌日、達子は博昭と一緒に警察に行った。信用金庫にも行った。もちろん振込先の口座は既に存在しなかった。

「おふくろ…」

 これからは親しげな電話には気をつけるんだぞと言い置いて東京に戻った博昭は、達子の過度の落胆が気になって翌日電話をしたが、

「もしもし、俺だけど…」

 言ったとたんに電話は切れたのである。