隆夫の心配

 入浴を終えて眠ったまま起きようとしないマツエを自宅へ送り届け、

「傾眠と言いまして、高齢になると、うとうとされる時間が増えます。きょうは食事も満足に摂らないで眠っておられるのですよ」

 介護職員は隆夫にそう報告して帰って行った。

「おふくろ?おふくろ?」

 マツエは車椅子の上でぐったりとして返事をしない。九十歳を超えた年寄りが食事を摂らなければ死ぬではないか!

「先生、点滴を…点滴を射ってやって下さい」

 またしても予約なしで患者を連れて来て強引に診察を迫る隆夫に、西田は辟易していた。

 点滴を射つかどうかは医師の判断すべきことである。たった一食食べないからといって点滴など射てば、却って食欲は落ちる。様子を見ようと言うと隆夫は案の定気色ばみ、

「治療拒否と受け止めますよ、いいですね?」

 その足で県立病院に駆け込んだ。

「またあなたですか…」

 隆夫の異常な母親思いは既に有名だった。しかしこの程度のことで安易に救急病院を利用されてはたまらない。

 かかりつけ医の紹介書がなければ診察できないと言われた隆夫は西田医院に取って返したが、救急病院に送る理由はないと拒否された。

「先生、おふくろは肺炎じゃないですか?年寄りは熱が出ないって言うでしょ?検査して下さい。手遅れになったらどうするんですか!」

「九十一ですよ。眠りは増えて、食べる量は減ります。それが自然の姿というものです」

「おふくろに死ねとおっしゃるのですか!」

 隆夫はマツエを自宅に連れて帰って消防署に電話をしたが、

「もう少し精しく症状をお聞かせください」

 マツエは消防署でも警戒されていた。

「ですから、おふくろは何も食べないのです。急いで入院させないと危ない状態です」

 と、その時、マツエが覚醒して口を開いた。

「隆夫、静かに寝かせてくれんか」