端役

 同じ映画を二回観て来たという敦子に、

「そんなに良かったん?」

 と聞く繭子を慌てて台所に引っ張り込み、

「絶対あれはお兄ちゃんや思うわ」

 敦子は声を落とした。

「兄ちゃん、出てたんか?」

「火事のシーンの野次馬の一人や。台詞はないけど一番目立ってた」

 お父ちゃんとお母ちゃんには絶対秘密やで…と釘を刺して、繭子も映画を観に行った。

 智宏だった。

 ほんの一瞬だけ大写しになった左目の下に、懐かしい泣き黒子があった。

「親爺、おれ経済より演劇の勉強がしたいねん」

 勇三は烈火のごとく反対したが、智宏は既に退学の手続きを済ませていた。

「これ、同じ劇団にいてる子で、いま一緒に暮らしてるけどな…」

 いい演技すんねやで…と紹介されて、

「恭子です」

 化粧っ気のない女性が頭を下げてから、ろくに連絡のないままもうすぐ六年になる。

 映画から帰った繭子は、両親には喋ってないだろうね…と敦子に念を押した。

「言うてない、言うてない」

 あんな端役で出てたかて、二人とも悲しむだけやからな…と、敦子は嘘をついた。

 智宏のことは忘れたように暮らしているが、高校の演劇コンクールで優勝した時の記念のペナントが、居間の壁でそのままになっている。

 次の日、絹代は勇三が仕事で外出するのを見届けてから家を出た。

 映画館に足を運ぶなんて絶えて久しかったが、智宏の元気な姿を一目見たかった。

 年寄りが観る映画ではないらしく、券を売る職員が驚いたように絹代を見た。ロビーは開演を待つ若いカップルたちで溢れていたが、どこかに座る場所はないかと探す絹代の目が、片隅のソファーに釘付けになった。

 勇三が背中を丸めて座っていた。