濡れ衣

 叱らないでおくれと前置きをして、謙一が盗みをしているようだと房江は眉を寄せた。

「それも二度や三度じゃないらしいのよ」

 夜遅くかかって来た妻からの電話に、

「おふくろのカネを?で、いくらなんだ」

 義彦も驚きを隠せなかった。

「千円札を二、三枚財布から抜き取る程度だけど、放っておく訳にはいかないでしょう」

 難しい年頃だから、週末にでも帰って来て一緒に話をして欲しいと真理子が言うと、

「福岡支店が大変なのは知ってるだろう。家のことは君に任せてある。うまく頼むよ」

 義彦は巧みに単身赴任の中に逃げ込んだ。

 翌日、真理子は仕事を休んだ。盗みの形跡を点検するつもりで眺めると、息子の部屋は見知らぬ人の部屋のように見えた。本もCDもゲームソフトも、盗んだカネで買ったもののように思えて来る。机の引き出しも調べたが、証拠になるようなものは見つからなかった。ところが学校から帰った謙一が部屋の様子の微妙な変化に気がついた。

「母さん、勝手に僕の部屋に入ったね!」

 激しく抗議されて正直に理由を話したのがいけなかった。僕は泥棒じゃない!と叫んで謙一は家を飛び出した。追いかけたが、すぐに見失った。何度かけても携帯電話はつながらなかった。心当たりを探そうにも、携帯電話がなければ我が子の交遊関係も分からなかった。警察に電話しろと怒鳴るばかりの義彦は頼りにならなかった。どうして謙一を信じてやれなかったのだろう…。

 家族の仕付け糸がほどけて行く。

 一旦家に戻ると玄関に房江がいた。

 謙一は帰っているかと尋ねる真理子に駆け寄って、

「今日は謙一に財布ごと盗られたんだよ」

 よく似てるけど、あの子はうちの子ではないのかも知れないと真顔で訴える房江に、

(認知症?)

 真理子は愕然として立ちすくんだ。