孫からのSOS

 まさか七十の半ばを過ぎて自分が一人暮らしをしているなんて、四年前まで正臣は想像だにしていなかった。わずか3LDKのマンションだが、妻に先立たれてみると、寝室とリビング以外のニ部屋にはほとんど足を踏み入れないで生活ができた。息子夫婦が二人の子供たちを連れて東京から遊びに来る度に、あと一部屋あれば楽だったのにねえ…と妻は嘆いていたが、一周忌以来、正臣は孫の顔を見ていない。

「親爺、済まん。浩二は大学に入ったけど、由美は受験生だし、おれも色々と忙しくてさあ…」

 年末が近づく度に息子は、かつて正臣が実家にしたのと同じ言い訳の電話をかけて来た。

 正臣は最近、アルバムを眺めるようになった。

 妻が丹念に整理したアルバムは息子が高校に入学する辺りで一旦途切れ、あとは息子の結婚、孫たちの出生、ふた家族揃っての旅行などのスナップが、この家にも勢いのいい時代があったことを証明するように貼られている。

(勢いが息子の家族に移ったってことか…)

 別の写真に重ねてあったのだろう、アルバムを閉じようとすると、見たことのない一枚の写真がこぼれ落ちた。正臣の背中で幼い浩二がのけぞるようにして泣いている。

(恐竜展に連れて行った時の写真だ!)

 懐かしさで胸が熱くなった時、電話が鳴った。

 受話器の向こうで若者の声がくぐもっている。「浩二か?浩二だな?はっきりしゃべらないと判らない。いったい何があったんだ」

 聞けば友人から借りた車を運転していて、たった今歩行者と接触した。その男が大げさに痛みを訴えて示談金を要求しているという。

「お父さんには?ん?言えないのか?言えないんだな?ちょっとその人と代われ…」

(待っていろ浩二、お爺ちゃんが助けてやるぞ)

 正臣は男に言われるまま、指定された口座に三十万円を振り込んだ。