遅い初詣

 伊勢駅付近に予約したホテルの場所を、浩介が売店のおばちゃんに尋ねている間に口を利いたらしい。待合室の木製のベンチで、七十歳前後の見知らぬ女性と話しをしていた和子は、

「あ、これが今言った息子です」

 得意そうに浩介を紹介した。

「これはこれは、息子さんですか、初めまして。今も話していたところですけど、息子さんがお伊勢さんに連れて来てくれたって、お母さん、それは喜んでいらっしゃいますよ。いいことをされましたねえ。もう一月も終わりですから、お伊勢さんもきっと空いているでしょう」

 女性はそう言うと笑顔で立ち上がり、

「それじゃ、バスの時間がありますので」

 着ぶくれた後ろ姿を見せて足早に遠ざかった。

 刺すような寒風を首筋に入れまいと、二人とも肩をすぼめて、線路の反対側にあるホテルに向かいながら、

「あの人もお伊勢参りやて。娘さんの嫁ぎ先が神宮近くの旅館でな、若女将なんていうと、色々苦労するんやないかと心配したけど、お姑さんがええ人で、毎年娘さんの旅館で孫の顔見てのんびりするんやて。幸せな人やなあ…」

 和子は今聞いた話しを聞かせてくれた。

 幸せな人やなあ…という感慨に、それ以上の意味を汲み取って浩介の返事が途切れると、今度は浩介の気持ちを察した和子が、

「医者通いしている同級生も多い中で、八十近うなって息子と元気に伊勢参りやなんて、私も幸せもんや。今夜はうまいもん食べような」

 自分に言い聞かせるように言った。

 目的のホテルに着いて、少し休憩を取り、湯冷めするから風呂は夕食の後にしようと言い交わして、再び夜の町に繰り出した。駅の周辺にはホテルがたくさんあって、泊りがけで参拝する人が大勢いるんやな…と言った和子が、

「あ!」

 と立ち止まった。娘の旅館でのんびりしているはずの着ぶくれた女性が、ちょうど駅前のホテルに入って行くところだった。