終の棲家

 菊枝の身元引受人として呼び出された和子は、肺炎の治療は終了したので今週中に退院するよう申し渡されて途方に暮れた。

「姉は一人暮らしです。入院する前は普通に食べて畑仕事もしていました。今は鼻も尿道も管に繋がれて、第一、歩けないじゃありませんか」

「思ったより治療が長引きましたからね。歩けないのは筋力が衰えただけで病気ではありません。あとは気長にリハビリすることですよ」

「それじゃ、せめて鼻の管を抜いて食べられるようにだけして下さい。自分で食べられさえすればきっと姉も…」

 言い終わらぬうちに主治医は立ち上がり、

「うちは急性期の病院ですからね」

 あとは相談室で相談して下さいと言ってカルテを閉じた。

「あの…急性期の病院って何ですか?」

 和子が主治医にしそびれた質問を若い相談員にすると、急性期とは生命の危機を脱するまでの濃厚な治療のことで、費用が高いから国が長期の入院を許さないのだと説明した。

「できるだけ受け入れ先を当たってみますが、どこも看護師不足ですから、鼻に管が入った状態では難しいですよ」

 相談員の言葉通り、結局リハビリ病院にも老人保健施設にも特別養護老人ホームにも断られたあげく、

「最近は二十四時間のケアの受けられるこんなアパートもできていますが…」

 菊枝は鼻と尿道に管が入っていることが条件の寝たきり専用アパートに入居した。

 そこは施設ではなく単なるアパートだから、容態が急変しても病院には運べなかった。口から食べる訓練も歩く訓練も行われなかった。外から医師や看護師やヘルパーが交替でやって来ては、管を交換し、簡単な診察を行い、体を拭いて行った。一週間後に和子が見舞うと、菊枝は別人のように虚ろな目で天井を見つめていた。

 入院の直前、収穫したナスを得意そうに掲げて見せた菊枝の変わり果てた姿だった。