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誰か助けて
誰か助けて下さい。これから先、この狭い部屋で、死ぬまでこんなふうに白い天井を見つめて暮らすのかと思うと恐ろしくてなりません。私の鼻には管が入っていて、日に三度クリーム色の流動食が流し込まれます。尿道にも管が入っていて、尿は常時ビニール袋の中に排出されます。もう空腹も尿意も感じません。ただ頭がご飯やうどんの味を覚えていて、時々無性に食べたくなるのです。
私は体に麻痺が残る脳の病気ではなく、肺炎で入院しました。それまでは元気に畑仕事をしていたのに、管と点滴につながれて二週間ほど安静にしていたら、熱が下がった時には筋力が衰えて一時的に歩けなくなっていたのです。今週一杯で退院するように指示されて、管を抜いて歩く訓練をして下さいとお願いしましたが、大きな病院は命を救うまでが役割りだからと言われ、リハビリの施設を探すことになりました。しかし、どこも看護師不足で、管の管理が必要な患者を引き受けてくれる病院も施設もありませんでした。途方に暮れる私に紹介されたのが、この寝たきり老人専用アパートだったのです。
ここでは管が入っていることが入居の条件でした。よかった助かった…と喜んだのは間違いでした。管で管理するということは、二度と歩かず二度と食べないということでした。医師や看護師や介護職員が外から交代でやって来て世話をして行きますがリハビリはありません。病院ではなく賃貸住宅なので、容態の急変には対応できないことを入居時に承諾していますから、私はここで死ぬのでしょう。
あれから二ヶ月…。話し相手もなく黙って天井を見つめていると、自分が眠っているのか起きているのかさえ判らなくなります。このまま人間ではなくなってしまうような不安に襲われる私の鼻に、今日も若い介護職員が笑顔で栄養を注ぎ込んで行くのです。
終