いじめ報道

 自殺を予告する匿名の手紙が文科大臣宛に届いた翌朝、

「手紙をすぐに公表した大臣の姿勢は評価します。この上は、消印のエリアにある、あらゆる学校は、徹夜体制を取ってでも生徒を守って下さい。これで予告通りまた中学生が首を吊ったりしたら、校長先生、はっきり言って責任はあなたに取ってもらうことになりますよ!」

 カメラのレンズに指を突きつけて見せただけに、

「あの…局に親展の手紙が届いていました」

 息子ほどの年齢のADから手渡された封書の文面を読んだ夏彦の表情はにわかに険しくなった。

『夏彦キャスター様、おれは中学生の頃、あんたにいじめられた心の傷からまだ立ち直れないでいる。かつて自分がいじめた事実も忘れて、毎朝番組で正義の味方のような顔をしているあんたを見る度にむかむかする。あんたがいじめの事実を思い出してテレビで謝罪しなければ、来月の今日、そのことを遺書に書いて自殺する』

「どうかしました?」

 とADに聞かれて、夏彦は慌ててごまかした。

 いたずらだと思う一方で、事実のような気もする。確かに昔は腕白だったが、死ぬほどの苦しみを人に与えた記憶はない。公表はしない方がいいと思った。手紙がいたずらであろうがなかろうが、公表すればマスコミの餌食になる。それは夏彦が一番よく知っている。とにかく今は事実を確かめることに全力を尽くすべきなのだ。

 与えられた時間はひと月…。『私がいじめた仲間たち』という番組の取材という名目で、夏彦は中学の同級生に片っ端から電話をかけた。一人だけ、夏彦がつけたゲボという仇名をずっと苦にしていた同級生に思い当たったが、既に他界した十一人の中に入っていて、今回の手紙には関係がなかった。消息不明が三名。あとは故郷の群馬近辺でみんな家庭を持って幸せにやっていた。

「毎朝お前のテレビ見てっからな」

「有名人と同級で、俺たちまで鼻が高いんだぞ」

 人気キャスターからの電話をみんな口々に歓迎してくれたが、いじめの事実についてはついに情報が得られなかった。その間も番組は続き、辛辣な論評スタイルも変えられないまま、ひと月が経とうとする頃、再び中学生の自殺の原稿を渡された夏彦の精神は、とうとう限界を越えた。スタジオで倒れて入院した夏彦に代わって、女性キャスターが代役を勤めたが、その日ひっそりと休暇を取ったADが、郷里の群馬で、同級生からゲボと呼ばれ続けた父親の墓参りをしたことを誰も知らない。