消えた商店街

 久しぶりに母親の顔を見に出かけた道子に、まるで自分が包丁を振るったような顔をして、

「道っちゃんが来るんなら、これくらいのん食べさせたりってな、魚勝の親爺さんが奮発しよってん」

 見事な鯛の刺身をひとしきり自慢した政江は、

「なあ道子、いよいよこの辺りも便利になるで」

 川向こうに大きなショッピングセンターができるのだと言った。肉も魚も、野菜も果物も、衣料品も日用雑貨も、電気製品も花の苗も、格安の値段で買える上に、

「食堂に映画館に、何と、風呂まであんねんて」

「それやったら、お母ちゃん、一日楽しめるがな」

 よかったなあと相槌を打ったのが半年前だった。

 次に道子が訪ねて行くと、

「どや、この鯛、冷凍もんやけど魚勝のと変わらへんやろ。値段は半分以下や」

「魚勝は?」

「先月、店、閉めはった」

 政江は少し気の毒そうな顔をしたが、

「魚勝だけやないで。八百善も山口精肉店もつぶれてしもて、宮前婦人服も時間の問題や。けど、しゃあないで。どうせ後継ぎかていてへんのやさかい、いずれつぶれる運命やったんや。それよりな」

 どや、これ?と政江は新しい自転車を見せた。

「川向こうは、ちょっと遠いやろ?ショッピングセンターいうたら道子、自転車まで売ってんねんで」

 乗って帰って来たのだと自慢する母親に、

「お母ちゃん、自分の年と相談せなあかんで。今年七十五やで、七十五。気いつけてや」

 と言った道子の心配は、間もなく的中した。

「前のカゴに物入れたら、ハンドル取られまっせ」

 と店の人に注意された通り、買い物帰りに転倒した政江は、散乱した品物を拾い集め、かろうじて自転車を引いて帰っては来たが、翌朝から膝の痛みに悩まされた。

 とても川向こうまでは歩けなかった。食事の材料が欲しくても商店街は軒並み店を閉め、近くにはコンビニしかなかった。道子からの電話には、元気にしていると答えていた政江だったが、三ヶ月ぶりに訪ねて来た娘の顔を見ると、おろおろとうろたえた。

「どないしてん、お母ちゃん!」

 政江の周囲にコンビニのプラスティック容器が大量に散乱していた。