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落とし穴
大学の教授などといっても、三流大学ともなれば、実情は惨めなものだった。授業中の私語や居眠りは珍しくもなかったが、腕も胸も大胆に露出した女子学生が、ミニスカートの足を組んで、臆面もなく携帯でメールを打つ姿にはさすがに腹が立った。
(君、いい加減にしろ!)
と怒りの視線を送った謙介を、女子学生は非難するような目で睨み返した。
(おい、勘違いするな。私は劣情を抱いて君を見たわけではない)
あの時、一瞬ひるんでしまった無念さが、地下鉄を下りた謙介にまだつきまとっていた。
地上へ続く長い階段を人の群れが上ってゆく。
同じ速度で黙々と足を運ぶ行列に身を任せていると、謙介はまるで自分が世の中という巨大な工場のベルトコンベアに乗せられた部品のような気がしてくる。
少子化で経営に窮した学校は合格レベルをどんどん下げた。だから学ぶつもりのない学生が入学して、授業中に平気でメールをするようになった。しかし、どんなに成績が悪くても卒業させない訳にはいかない。入学は易しいが卒業は難しいなどという風評が立てば、翌年の受験者数に影響する。結局は学校も経営体であり、追試や再試を行ってでも商品を送り出すことを学生たちは承知しているのだ。
(もっとも、だからこそ見るべき研究のない自分のような者だって教授になれる…)
いつもの癖で、つい自嘲気味になる謙介の目の前を、茶髪にピアスの女子高生が二人階段を上ってゆく。二人とも下着が見えないように片手で短いスカートの尻を押さえている。こういう連中が自分の大学のお客様なのだ。
長い階段が終わる頃、謙介はポケットから携帯電話を取り出した。今日はとてもまっすぐ帰る気にならない。
妻に遅くなるとメールを打とうとして手がすべった。
床に落ちる寸前で危うく携帯を受け止めた時、女子高生が振り向いた。中年の男が携帯電話を持ってスカートの下で体を屈めている。
「何すんのよお!おじさん」
違う、誤解だと言おうとしても言葉にならなかった。あっという間に人だかりができた。
やがてワイドショーは、謙介の離婚歴にまで触れて、大学教授の破廉恥行為を厳しく糾弾した。
終