ジョギング

 同僚の和明と二人、行きつけの料亭で気の利いた料理と珍しい地酒を楽しんで往来に出たとたん、賑やかな若い男女の群れと鉢合わせた。

「おっと、ご機嫌だな…」

 道を譲りながら小さな声で智彦が言うと、

「この先に、飲み放題で三千円の店ができたんだ」

 和明は若い人たちの事情に詳しいらしい。

「量だよな、若いうちは。我々は質の年齢だ。人生を楽しまなきゃ生まれてきた甲斐がない」

「ところが、楽しまない連中もいる」

 和明が顎で促す道の反対側を、自分たち同様、五十代と思しき夫婦が険しい表情で走ってゆく。

「何が楽しいのかね、夜中に走って」

「中毒になるって聞いたぞ、ジョギングも」

「一日働いて夜中に走って、あれで風呂に入って寝ると、次の日また仕事だろ?理解できない」

「健康が目的になっちまうんだ。健康を保つために一生ああして走り続けるんだよ、馬鹿馬鹿しい」

「健康といえば、健康診断の結果が来てたよな」

「まだ鞄の中だ。ああいうものは飲む前に見ると酒がまずくなる…」

 と言って帰宅した智彦の酔いは、その夜一挙に醒めた。血中の糖分値が重篤な病気を疑う欄に該当していた。

 翌日、智彦は残業をしないで近くの糖尿病専門クリニックに出かけた。順番を待つ高齢者たちの中で、一人の女性と智彦だけが中年だった。受付を済ませて長椅子で新聞を広げたが、耳は診察室から漏れてくる会話に集中していた。

「いい調子です。短期間に体重も確実に落ちています。結局、糖尿病は運動と食事療法ですからね」

「はい。近頃は走らないと気持ち悪くて…」

「付き合ってくれる奥様に感謝ですね。あ、ご主人、アルコールも少しなら構わないのですよ」

「いえ、少しだけというのは却って辛いので、飲まないことにしました。晩年、手足が腐ったり失明したりではカミさんに迷惑かけますからね」

 お大事に…と送り出されて診察室から出て来た男性に待合室の女性が駆け寄ったが、二人揃うと、その顔にくっきりと見覚えがあった。

「次の方どうぞ」

 看護師の元気な声が響き渡った。