フォークの世代

 駅前で日曜ごとにダンスを踊っているという祐介に、

「ンなとこで踊ってたって、将来の役には立たないぞ」

 ダンス躍らせるために高い学費を払ってるんじゃないからな…と久幸が険しい顔をすると、

「プロになんかなんないよ。楽しいから踊ってる」

 そういう親爺は早くから遅くまで蟻みたいに働いて、いったい何が楽しいんだと聞かれて答えに窮した。

「たまに帰って来て、言い争いはやめてよ」

 険悪な雲行きに眉を寄せる朋子を尻目に、

「来年就職すれば、嫌でも人生の厳しさを思い知る」

 久幸は不機嫌に食卓を立ったものの、一人になると解らなくなった。

 早期退職を断ったとたんに子会社に出向になって、実質の減給になった。長女を嫁がせるのに退職金を前借し、家のローンはまだ五年残っている。本社の友人とは疎遠になり、子会社では酒に誘う仲間もできなかった。

「団塊は誰も同じだ、お前だけじゃない。俺だってな…」

 久しぶりに電話をかけた同級生は、家庭や職場での不遇をさんざん嘆いた後で、

「一緒にフォークを歌ってた頃が一番良かったよな」

 しみじみとそう言った。

 フォークかあ…。

 その晩久幸は、押入れの隅の古いギターを調弦して鳴らして見た。懐かしかった。指は二十代の頃に覚えたコードを正確に覚えていた。当時の歌を歌うと気分は瞬時に学生時代に遡り、七十年代のキャンパスに立っていた。

「ねえ、親爺が歌ってる…」

 居間で祐介と朋子が顔を見合わせた。

 週末、久幸はギターを持って駅前の広場にいた。

 野球帽にサングラスをかけると、誰だか解らなくなった。解らないと思うと、ジーンズの似合わない体型が気にならなくなった。久幸の歌う古いフォークソングに、常連の若者たちは怪訝な顔を向け、同年齢の通行人は足を止めた。やがて久幸を取り囲んだ中高年から曲のリクエストが飛び出した。缶ビールの差し入れの次は、自分にもギターを弾かせて欲しいという声が上がり、とうとう楽器を持参して一緒に演奏する者も現れた。

 メンバーが流動的なので、集まりは『フォークの世代』と呼ばれるようになって、マスコミの取材を受けた。

「どうして今フォークなのですか?」

 という質問に、主宰の久幸が胸を張って答えた。

「楽しいからですよ」