地下鉄の罠

 担任の吉川から返却された携帯電話には、午前と午後に一つずつ、健二からのメールが入っていた。

『おれ、言い過ぎた。悪かったよ。でも亜紀もあの時の態度を謝って欲しい』

『返信を期待したおれがバカだった。おれたちこれで終わりだな』

 亜紀は慌てて健二に電話をしたが、着信は拒否され、メールは戻って来た。

 こうなると連絡の方法がなかった。

「吉川ムカつく、授業中に着信が鳴ったくらいで携帯電話取り上げることないじゃない」

「鬱陶しいよね、タヌキ神父。家に帰ればオヤジ、学校では吉川、もう…たまんないわよ」

 亜紀は、親友の奈々と二人で地下鉄に乗った。誰でもいい。したり顔のオヤジ世代にこっぴどく復讐がしたかった。

 同じ車両の吊り革につかまって、潤一は窓ガラスに映る自分の姿を見ていた。小さな広告会社に勤めて二十年…。まだ四十代後半だというのに、髪の毛は頭頂部から薄くなって神父のようになっている。その老けっぷりは、営業で履きつぶした靴の数に比例していた。キャッチコピーを作る夢を持って入社したが、

「お前、真面目過ぎてつまんないんだよ」

 営業に回されて以来、頭ばかり下げている。

 電車は停車する度に混雑が増した。

 潤一の背中に女子高生のカバンの角が当たっている。痛いなあ…。むっとして振り返った潤一の顔が吉川と重なったとき、亜紀が計画を実行した。

「何するんですか!この人、痴漢です!」

 どよめく人混みの中からたくましい若者の手が潤一の腕をつかんだ。

「わ、私は何もしていない!」

「とにかく、次の駅で降りましょう」

 君もいいですね?と聞かれた亜紀は、不敵に頷いて示談の金額を考えていた。