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母の日
最近、依子は、洗濯をしながらふいに涙がこみ上げることがある。かつてはこのかごに溢れるほどの汚れ物があった。主婦の仕事は切りがないわと愚痴を言いながらも、家族が風呂を使う度に投げ込まれる山のような洗濯物をベランダに干して、ほんのりと幸せだった。乾いた洗濯物を、これは夫、これは息子…と分けて畳む時、家族の生活は、確実に自分の努力の上で営まれているという揺るぎない自信があった。長男が就職し、長女が嫁いで、夫婦二人の汚れ物だけになった頃から依子は役割を失った。
夫は朝が早く、帰りは遅かった。日曜に映画にでも行きましょうかと誘っても、
「たまの休みだ、勘弁しろよ」
夫は自分の部屋のベッドからくぐもった返事をした。そうなると、
「連休に、おふくろを覗いてやろう」
と言われても、
「ごめん、何だか体調が悪くて…」
依子の方が拒絶した。
近くのギフト用品店の事務を手伝うようになってからは、夫婦の生活はいよいよすれ違った。最初のうちは、
「おい、日曜日も仕事なのか?」
と機嫌を悪くした夫も、この頃では何も言わなくなった。気がつくと終日口を利かないで過ごす日があった。
クリーニングに出そうとした夫のシャツの襟元で、ほのかに香水の匂いがした。
(まさか、そんな…)
疑念を振り払うように買い物に出たスーパーは、母の日のセールで賑わっていた。
そう言えばここ二、三年は、子供たちからのプレゼントも届かない。
「お母様に一ついかがですか?」
花屋の店員の言葉で心が動いた。
自分のために小さな寄せ植えを買って店を出たところで、自転車と接触した。
『お母さん、ありがとう』と印刷された紙片が、散乱した寄せ植えの土にまみれていた。
終