拒食症

 初めから半分に盛りつけたご飯をさらに半分残して、

「ごちそうさま」

 手を合わせる由美の腕はまた一段と肉が落ちたようだ。

「由美…」

「ごめんね、もっと食べなきゃって思うんだけど、少し食べると気持ち悪くなるの」

 お詫びに洗い物をすると言って台所に立つ由美の身体は、芳江が目を背けたくなるほど痩せている。

「…で、本人は診察を承知したのか?」

「生理が止まったのよ。あの子だって真剣に悩むわよ」

「そりゃあ良かった。医者から厳しく注意してもらえば、少しは違うだろう。…ったく、飢えに苦しむ国もあるってのに、ダイエット、ダイエットって、困った風潮だぞ」

 その夜、由美がようやく受診する気になったという報告を聞いた達雄は、心からほっとした表情を見せた。

 診察を済ませた思春期外来の若い女医は、

「あ、ちょっとお母さんにお話があります」

 処置室で由美に採血をさせておいてこう言った。

「思春期の拒食は、母親に対する無意識の拒否であることはご存知ですか?」

「は?」

「娘さんは、女になること、母親になることに抵抗を感じています。だから生理が止まりました。つまり拒食はひとつの現象で、本当の問題は自立の失敗なのですよ」

 親子だけでなく、ご夫婦がごまかさないできちんと向き合う関係であったかどうかを点検してみて下さい…と言われたとたんに、芳江の日常が一変した。

(由美が私を拒否している…)

 そう考えると、拒食そのものが自分に対する攻撃のように思えて来た。娘を心配しながらも、相変わらず帰りの遅い夫の態度だって、ひどく不誠実のように思えて来た。それを診察で訴えると、

「随分考察が進みましたね。母親が変われば娘さんも変わります。その調子ですよ」

 女医は芳江の努力を評価した。

 やがて家庭から笑顔が消えた。

 夫婦は口を利かなくなり、由美は拒食を続けて、とうとう体重が三十キロを切った。

 どうしたらいいでしょう…と涙ぐむ芳江に、

「ここまで問題が明らかになれば、あとは精神科の領域です。いい先生をご紹介しましょうね」

 女医は慣れた手つきでボールペンを走らせた。