援助交際

 みんな持ってるんだからと食い下がる美帆の要求を、

「誰が持っていようと関係ない。一つ八万円もする高価な財布は、高校生が持つものじゃない。絶対に許さんからな!」

 俊彦は頭ごなしに一蹴し、

「携帯電話だってそうだ。帰りが物騒だから緊急の連絡用ということで認めたんだ。なのに、今月の電話代は二万円を越えている」

 甘やかすのもいい加減にしろと、母親の康代を睨み付けた。母と娘は、同じ被害者同士のような共感をお互いの表情に認めると、少し勢いづいて、

「お父さんは昔から横暴よ。クラスで私だけ惨めな思いをしていても平気なの!」

「そうよ、あなた。子供には子供の付き合いってものがあるんだから、そこんとこ理解しないと可哀想よ」

 精一杯の抗議をしたが、

「文句は自分で稼ぐようになってから言うんだな」

 俊彦は言い捨てて風呂に入った。

 ブランドの財布が持てないからって何が可哀想だ。そもそも最近は、世の中全体が子供に対する厳しさに欠けている。髪を染め、化粧をし、爪を飾り、スカートを短くして、読む本といえばファッション雑誌とコミックだけ。それでも高い授業料を払って私学に通わせてさえいれば系列の大学に進学できるというのでは、学生が勉強をするはずがない。 俊彦は、生意気を言って父親に家をたたき出されては、裏口からこっそり母親に入れてもらった昔を懐かしく思い出した。

 翌朝、美帆は父親と口を利かずに家を出た。

 自分だって、やれ飲み会だ、やれ接待ゴルフだと家にいない毎日を非難される度に、付き合いも大切な仕事だと言うくせに、子供の付き合いは認めない。

「…ったく、マジで由美んちと父親を交換して欲しいわよ」

 教室の隅で親友の由美に愚痴をこぼすと、

「何言ってんの、うちだって美帆んちと同じサラリーマンよ。お嬢たちの父親のように協力的じゃないわ」

「だって由美、すごい財布持ってんじゃん」

「ああ、これ?」

 由美は見るからに仕立てのいい革の財布を取り出して、

「絶対秘密守れるよね?」

 携帯電話の画面に中年の男の写真を映し出し、小さな声でエンコウよ…と囁いた。