家政婦の夢

 亜由美が地元新聞社の主催する文化センターに出かける気になったのは、この夏、久しぶりに故郷で開催された同窓会での、こんなやりとりがきっかけだった。

「ねえ、みんな、聞いて。私、風邪をこじらせて寝込んだ時、夫に今日は家にいてって頼んだことがあるの。さて、そこで問題です。その時、夫は何と答えたでしょう?」

「ばか、そんなことで会社を休めるか!でしょ?」

「ピンポ〜ン!…で、一人で薬のんで、おでこ冷やして、枕元にティッシュの山作りながら、ふっと考えたのよ」

「何を?」

「毎日夫とどんな会話を交わしてるかなって。そしたらさ、おはよう…でしょ?いってらっしゃい、お帰り、食事は?…で、二言三言、どうしても必要な話をしたら、先に寝るぞ…よ。結婚した当時とは別人だわ」

「子育て終わった夫婦なんて、どこもそんなもんだって」

「だからさ、決めたのよ私、もう好きなことするぞって。私たち来年は五十よ。人生、残りは三分の一。行きたいとこへ行く。やりたいことをする。食べたいものを食べる…でなきゃ、一生、家政婦で済んでしまうわ」

 そう言って合唱クラブの先生の魅力や演奏旅行の楽しさを語る咲子の目は、学生時代のように輝いていた。

 (家政婦か…)

 亜由美は出産で会社を辞めて以来、PTA活動に少し関わったきりで、社会と接点を持たないまま過ごしてしまった半生を改めて振り返った。悔いはなかったが、このまま年を取るのはたまらなかった。

 翌日、何か文化活動がしたいという亜由美の申し出を、

「ん?何をしようと構わないけど、家事の手は抜くなよ」

 照雄は野球中継の画面から目を離さないで了承した。

 その態度で亜由美の決意は固まった。

 しかし、いざ文化センターに来てみると、用意されている講座の種類の多さに圧倒された。

 俳句、ちぎり絵、歴史、文学、料理、朗読…。

 カウンターに訪れる女性たちは既に講座の常連のようで、密かにお洒落を競った仲間たちと声高に談笑しながら申し込みを済ませて行く。

 (そのうち私にもお友達ができるわ)

 『楽しい写真』という講座に目がとまった時、バッグの中で携帯電話が振動した。

「おふくろが倒れた。市民病院だ。すぐに来てくれ」

 電報のようにそれだけ言うと夫からの電話は切れた。