鬼師・源さん

 鬼師(おにし)の源さんが倒れたというニュースは高浜の町をその日のうちに駆け巡ったが、

「右手が利かなくちゃ名人もおしまいだなあ」

 観賞用の鬼瓦を手作りで焼く源一の腕を惜しむ声は、ふた月ほどで聞こえなくなった。

 終日テレビを観て過ごす源一を心配する妻に、

「親爺は抜け殻だで。放っておきゃあ!」

 和典が腹立たしそうに新聞を広げた時、玄関のチャイムが鳴った。

「私、藤野と申します」

 東京から来たという初老の男性は、どうしても源一に鬼瓦を焼いて欲しいのだと言った。

「肺癌を宣告された父が馬鹿な真似をしないようにと、母は部屋に見事な鬼瓦を飾りました。人間の弱い心を射抜くような鬼の瓦を父は時折厳しい顔をして見つめていました。父は病とよく闘って、六十四歳で死にました。想い出の瓦は墓に飾りましたが、自分が父親の死んだ年齢になって見ると、私の部屋にも、くじけそうな自分を戒める鬼の瓦が欲しいのです」

 作者を探し当てるのに随分と苦労しましたという藤野は真剣だった。

「残念ですが」

 親爺はもう…と言いかけた和典を遮るように、

「じ・か・ん・を・く・だ・さ・い」

 背後から大声で返事をした源一は、久しぶりに名人の目をしていた。

 翌日から源一は、駅前のマシンスタジオでリハビリに取り組んだ。家にいる時も、不自由な手にグリッパーが握られていた。三ヶ月ほど経つと、源一は鬼の顔のデッサンを始めた。

「親爺、まるで別人だわ」

 体がしまり、精悍な顔になった源一は、麻痺を克服して粘土をこねては作品を作り、それをつぶす作業を繰り返した。

 藤野から依頼があった時、源一の心の中に、希望を無くした自分を叱る鬼の顔がくっきりと見えた。その顔を目の前の土で作り上げたかった。

 さらに三ヶ月が経った。

(これは…)

 焼き上がった鬼瓦は、見る者の胸を打った。

 以前とは違う荒々しい造形は、憤怒の形相に炎の様な迫力を加えたが、睨みつける瞳の奥に、哀しい祈りの表情を湛えていたのである。