金魚

 久しぶりに同級生に会うのだと、葉子が祐介を連れて出かけて行くと、家は日が翳ったように寂しくなった。

「しばらく見ないうちにすっかりお母さんになって。過激なダイエットで生理が止まったことなんて嘘みたい」

 小さな衣類の混じった洗濯物を干しながら和子が言い、

「そんなことがあったよなあ…高校二年の時だっけ?」

 文彦が新聞紙を広げて足の爪を切り始めた時、

「あなた、大変よ、死んでるわ、死んでるのよ、金魚が」

 日曜日の騒動は、けたたましく幕を開けた。

「さっき出かける時、祐介が餌をやってたじゃないか」

「でも死んでるのよ、ほら、もう固くなってるわ」

「夜店の金魚は弱いからなあ…」

 小さな鉢の水面で仰向けに浮かぶ金魚を前に、二人は昨夜の孫のはしゃぎぶりを思い出した。初めて浴衣を着て初めて出かけた縁日で、初めてすくった金魚だった。

「これにする!黒くて目の周りが赤いの、カッコいい!」

 張り切って入れた網はすぐに破れて、夜店のおにいさんが一匹だけビニール袋に入れてくれた金魚を、祐介は得意そうに目の高さに掲げて歩いた。その姿を浮かべると、二人は顔を見合わせてそそくさと車に乗った。孫が帰って来るまでには、まだ時間がある。

「これとよく似た金魚をください」

 ティッシュに乗せた金魚を見せて、町で一軒きりのペットショップと、日曜大工の店の金魚コーナーを隈なく探したが、目の周囲だけが赤い金魚は見つからなかった。

「夜店よ、あの夜店には良く似たのが何匹もいたわ!」

「夜店って、お前、夜店は昼間どこにいるんだ?」

「役場に聞けばわかるかも知れないわよ。道路の使用許可出してるはずだから」

「なるほど、そうか、そうだよな」

 役場から聞き出した番号に携帯電話をかけると、電話に出た女は眠そうな声でひとしきり話を聞いて、

「あんた、出てよ、何だか面倒臭い電話だから…」

 ふあっとあくびをしながら男に代わった。

 男はぶっきらぼうにあらましを聞くと、

「うちにバラ売りの金魚はないよ。夜店の金魚はな、クズ金魚だから、大抵は二、三日で死ぬんだ。生き物は死ぬってことを孫に教えてやるんだな。夜の商売の家に、つまんないことで朝っぱらから電話をかけて来るんじゃないよ」

 

 まったく、非常識なんだから…と言い捨てて、勢いよく電話を切った。