- ホーム > 平成25年の作品/目次 > 蝶が舞う
蝶が舞う
はるばる電車とバスを乗り継いで、久しぶりに悠太を連れて訪ねて来た浩子は、
「お婆ちゃん、元気?」
両手に提げた荷物を下ろすと、やっぱり田舎は空気が違うわと言いながら、縁側に腰を下ろして伸びをした。
「どうしたんだい、突然」
何かあったのかという鈴枝の心配をよそに、
「ほら、悠太…」
浩子は声を落として庭の花壇を指差した。
「蝶々だ!ひいばあちゃん、取って!ねえ、取って!」
悠太にせがまれて、鈴枝は帽子を片手にモンシロチョウを追いかけた。
夜半に雷が鳴って、叩きつけるような雨が降った。
悠太が起きはしないかと鈴枝が身体を起こすと、薄明かりの中に正座して、浩子が悠太の寝顔を見つめていた。
「起きていたのかい?」
「すごい雷」
「浩子、お前…」
鈴枝が顔を覗き込もうとすると、
「朝早くから乗り物に揺られて疲れたのね、悠太ったら、よく眠ってる」
さあ、私たちも寝ましょう寝ましょう…と、天井から下がった紐を引いて、浩子は素早く豆電球を消した。
翌朝は快晴だった。
周囲の山々からは霧が立ち上り、朝顔の花の上で無数の水滴が日を浴びて光っていた。
朝餉の材料を取りに畑に出た鈴枝に、
「ひいばあちゃん、蝶々、動かないよ」
軒下にしゃがみ込んで悠太が言った。
「トンボも蝶々も、かごに入れるとすぐ弱るからねえ」
まだ濡れているキュウリを数本エプロンに受けて、
「死んじゃったのかな?」
鈴枝が振り返ると、悠太は、扉を開けた虫かごの向きを変えては盛んに四方を叩いていたが、やがて、ひらひらとモンシロチョウが青空に舞い上がった。
「生きてた、生きてた!ひいばあちゃん、生きてたよ!」
「そお、よかったねえ!」
鈴枝が白い小さな命の行方を見上げた時、目の前に一台の車が停まった。そして、
「うわぁ!お父さんだ、お父さんだ!」
ひと際大きな悠太の声が響き渡った。
終