蝶が舞う

 はるばる電車とバスを乗り継いで、久しぶりに悠太を連れて訪ねて来た浩子は、

「お婆ちゃん、元気?」

 両手に提げた荷物を下ろすと、やっぱり田舎は空気が違うわと言いながら、縁側に腰を下ろして伸びをした。

「どうしたんだい、突然」

 何かあったのかという鈴枝の心配をよそに、

「ほら、悠太…」

 浩子は声を落として庭の花壇を指差した。

「蝶々だ!ひいばあちゃん、取って!ねえ、取って!」

 悠太にせがまれて、鈴枝は帽子を片手にモンシロチョウを追いかけた。

 夜半に雷が鳴って、叩きつけるような雨が降った。

 悠太が起きはしないかと鈴枝が身体を起こすと、薄明かりの中に正座して、浩子が悠太の寝顔を見つめていた。

「起きていたのかい?」

「すごい雷」

「浩子、お前…」

 鈴枝が顔を覗き込もうとすると、

「朝早くから乗り物に揺られて疲れたのね、悠太ったら、よく眠ってる」

 さあ、私たちも寝ましょう寝ましょう…と、天井から下がった紐を引いて、浩子は素早く豆電球を消した。

 翌朝は快晴だった。

 周囲の山々からは霧が立ち上り、朝顔の花の上で無数の水滴が日を浴びて光っていた。

 朝餉の材料を取りに畑に出た鈴枝に、

「ひいばあちゃん、蝶々、動かないよ」

 軒下にしゃがみ込んで悠太が言った。

「トンボも蝶々も、かごに入れるとすぐ弱るからねえ」

 まだ濡れているキュウリを数本エプロンに受けて、

「死んじゃったのかな?」

 鈴枝が振り返ると、悠太は、扉を開けた虫かごの向きを変えては盛んに四方を叩いていたが、やがて、ひらひらとモンシロチョウが青空に舞い上がった。

「生きてた、生きてた!ひいばあちゃん、生きてたよ!」

「そお、よかったねえ!」

 鈴枝が白い小さな命の行方を見上げた時、目の前に一台の車が停まった。そして、

「うわぁ!お父さんだ、お父さんだ!」

 ひと際大きな悠太の声が響き渡った。