公園

 玄関に車が止まる音がすると、いつものように真由美はそわそわと落ち着きを失い、

「ほら、理絵…」

 財布から取り出した百円玉を娘の手に握らせて目配せをした。理絵は宿題の書き取りノートを途中で伏せて表に飛び出しざま、辺りを窺うように入って来る髪の毛の薄い中年男をにらみつけた。

「まいったなあ、また理絵ちゃんににらまれたよ」

「気の強いところばっかり父親に似てしまって…」

 母親と男の会話を背中で聞きながら理絵は近くの公園のブランコに腰を下ろし、一度は投げ捨てようとした百円玉をポケットにしまいこんだ。

 しばらくは家には戻れない。

 夜空に穴を開けたような満月が光っている。


 *  *  *  *  *  * 


 和義は途方に暮れていた。

「いやあ、仕事はよくやってくれてると評判なんだが、何しろ君のその吃音がねえ…」

 派遣会社の職員に明るく言われて、

「も…も…申し訳け、あ…あ…ありませんでした」

 どもってしまう自分が情けなかった。

 和義が年長組の春に母親が癌で死んだ。小学校三年生の秋に弟を連れて新しい母が来たが、弟が泣く度に、お前がいじめたんだろうと容赦なく物差しで叩かれた。父親は決して和義を庇おうとせず、吃音はその頃から始まった。直そうとして中学時代に落語も浪曲も諳んじたが、緊張すると何を言っているのか解らなかった。高校を卒業して東京に出たが、吃音が原因でこれで三度仕事を追われた。二十八歳になるというのに、恋人の一人もできなかった。

 向こうから若い女性が来た。胸も足も腹部も大胆に露わだった。おろおろとたじろぐ和義の傍らを勝ち誇ったように通り過ぎる女の目が、和義をさげすんでいるように見えた。

 公園のブランコにポツンと少女がいた。

「ど、ど、ど…」

 どうしたの?こんな時間に…と言おうとしたが言葉にならなかった。少女は驚いて和義を見た。男という生き物を憎む少女は、さっきの女と同じ目をしていた。少女が何かを言おうとした。その口を和義は咄嗟に塞いだ。塞ぎ続けて静かになった時、少女がぐったりと足元に崩れ落ちた。