昭和

 面白い店があるんだという幹事の誘いに乗って繰り出した二次会の会場は、

「ほう…」

 店に足を踏み入れたとたんに全員が感嘆の声を上げた。

 ガラガラと音を立てて引き戸を開けたところに粗末な木製の下駄箱があって、廊下の両側に教室のように部屋が並んでいる。むき出しになった電線は白いガイシを伝って線路のように天井を這い、要所要所で垂れ下がっては乳白色のガラスの傘のついた裸電球をぶら下げている。

「こりゃあ、俺たちの育った昭和三十年代そのままじゃないか」

 二十年ぶりに集まった中学時代の級友たちは、壁を飾るホーローの看板や映画のポスターを眺めて、こんなのあったあったと大騒ぎをした。

「おい、懐かしいぞ!」

 一人が部屋の隅のジュークボックスに百円玉をいれると、流れ出た歌は全員を一遍に学生時代に連れ戻した。

 乾杯もそこそこに当時の青春歌謡を歌い、故郷の思い出話にうち興じ、現代を嘆いた。

「どうだい、あの頃の歌は聴衆をちゃんと歌詞で感動させた。人間が言葉を大切にして生きてたんだ」

「そうよね。今では歌もメロディー中心になってしまって、歌詞がわからない」

「日本語を英語のような発音で歌うからなあ」

「ムードの時代なんだよ。言葉は溢れてるけど、何ひとつ心に届かない。世の中全体がムードで流れてる」

「ニートだ、フリーターだ、ホームレスだ、DVだといえば悲惨な現状も洒落た服を着たみたいに格好がつく」

「それもこれも俺たち団塊の世代が作り出した」

「馬鹿言え、俺たちこそ時代の犠牲者だよ。貧しさから這い上がるのが社会正義だったんだ」

「よし、みんな今夜は昔に戻るぞ!」

 楽しかった。

 お開きになる時、こんな店を作った店長に会ってみようということになった。きっと時代をかこつ同じ世代の人に違いない…と思いきや、現れたのは片耳に銀のピアスをした精悍な若者だった。

「昭和のムードがお気に召して頂けましたか。この業界も団塊世代の心をつかまないと生き残れません。皆さんおカネ持ちのお年寄りですからね」

 またどうぞと人数分の割引券を渡された同級生たちは、夢から覚めたような表情で靴を履いた。