福祉サービスの死角(1)

 市では一人暮らしの高齢者の安否確認を目的に、料金の半額を助成して、毎朝希望者に乳酸菌飲料を手渡しで配布しているが、税の無駄遣いではないかという一部の批判は、その新聞記事が地方版に載ったのを機に聞かれなくなった。

『独居のYさんは、脳出血で倒れているところを乳酸菌飲料の配達ボランティアに発見され、緊急手術で一命をとりとめた。発見が遅れていたら大事に至っていたことを考えると、乳酸菌飲料配布による安否確認制度の有効性が証明された形になる』

「係長、吉島さんの記事以来、乳酸菌飲料の配布希望者が一気に二十名ほど増えています」

 地域福祉係はマスコミの反響に驚いていた。

「月々千五百円で毎朝安否確認ができる上に、乳酸菌は健康にもいい。こうなると配達ボランティアの増員が必要になるぞ」

「配達員も大半が前期高齢者ですからね。手渡しするときの会話も楽しいし、早朝の配達は適度な運動にもなるって、これが意外に喜ばれています」

「時期を見て配達員と利用者の集いを企画すると、引きこもり防止や介護予防につながるかも知れないな」

 枡野係長の頭の中には、次の構想がふくらんで行く。

「吉島さんは回復も順調で、退院準備と並行して成年後見制度の申立てをするそうですよ」

「…ということは、吉島さん、判断能力に問題があるのか?」

「麻痺もなく会話もスムーズで、自宅で暮らすことは可能ですが、倒れる前から認知症が進み、金銭管理やまとまった内容の文章を理解するには困難があったようです。病院のケースワーカーが地域包括支援センターに要請して要介護認定を行うとともに、成年後見制度の利用を促したと聞いています」

「身寄りがないから市長申立になるかな?」

「診断によりますと保佐類型です。特定のこと以外は自分でできる補助類型ほど軽くはなく、生活の全てに支援が必要な後見類型ほど重くはありませんが、日常生活以外では援助の必要な場面が想定されるレベルです。意思表示が可能ですから、包括支援センターが支援すれば本人申立で行けるようです」

「財産は?」

「高校を出て大手の会社の製造部門を定年まで勤め上げていますので、まとまった退職金が入ったはずです。酒もたばこもやらない質素な暮らしぶりで、兄と二人、独身で過ごしましたから、厚生年金や、亡くなったお兄さんの生命保険金を加えると、相当の預貯金になるのではと担当民生委員が言っていました」

「そうか…ま、預貯金があるのは安心だが、狙われやすいのも事実だ。判断能力の低下した高齢者の財産を悪徳業者から守るには、後見制度の取消権を使って、業者と交わした契約を無効にするしかないからな。それに預貯金の払出しはもちろんのこと、将来的に福祉施設への入所が必要になった場合は、本人に代わって利用契約を結ぶ代理権も必要になる。いずれにしても備えあれば憂いなしだ」

「後見報酬の支払い能力は十分ですから、きっと家庭裁判所も弁護士か司法書士を保佐人に選任すると思います」

「専門職なら法的な判断は安心だが、福祉制度の利用を初めとする身上監護は必ずしも得意ではないからね。包括支援センターとの連携が必要になるよ」

 枡野係長は知識の豊富さを誇示するように言った。