福祉サービスの死角(7)

 板橋法律務所で成年後見に関する事務を初めて任された田崎敦子は、吉島敬三の口座から引き落とされる介護サービス費用の明細を見て不安になった。介護保険外の実費サービスの費用が毎月二十万円程度に上っている。

「先生、吉島敬三さんの件ですが、明細では保険外ヘルプサービス費と外食代金と失禁パンツ等で、毎月コンスタントに二十万円ほど落ちていますが、これって適切な支出でしょうか?」

「毎月同程度の金額で推移しているのなら経常支出と考えていいんじゃないか。突出した支出だけ気を付けてくれればいい」

 板橋はキーボードを叩いて何やら文書を作成している。

「しかし、二十万というのはちょっと多額では?」

 敦子は不安が拭えない。年に一回裁判所に提出する収支の報告書を見て事務官は不審を抱かないだろうか。

「大丈夫だよ」

 板橋はパソコンの画面から目を離し、成年後見制度は本人の意思を尊重する制度だよと言った。

「そもそも手取り二十万円程度の収入で、ぎりぎりの生活をしている若者はたくさんいるだろ?吉島さんの年齢で毎月二十万円の支出は決して贅沢とは言えないと思うよ。兄と二人、人生を楽しむことを知らないで働き続けて貯えた金額が六千万だよ、六千万…で、現在八十二歳で認知症だ。やがて日常を楽しむこともできなくなる。亡くなれば土地も預貯金も国庫に入る。いいかい?将来高度先進医療を受けるような事態を想定して、一千万円を除いたとしてもだよ、残りの五千万円を十年で使い切ろうとすれば、一年五百万円で月額は四十万円余りになる。その上、年金が月々十五万円以上入るんだからね。いっそ世界一周旅行でも望んでくれたらいいとは思わないかい?」

 保険外であっても、本人がヘルパーと一緒に外で食事をしたいと望むのであれば、むしろそれを認めない態度の方が問題なのだという板橋の言葉を、敦子は目が覚めるような思いで聞いた。なるほど、そういう考え方をすべきなのかも知れない。

 成年後見制度は判断能力の低下した対象者に家庭裁判所がしかるべき人を選任し、能力の程度に応じて同意権、取消権、代理権等の権限を付与して財産管理と身上監護を行わせるものであるが、本人の自由を奪うものでは本来ない。税金で最低生活を維持する生活保護の受給者が、被保護者としての様々な義務に縛られているのに対し、成年後見制度の利用者には、利用者としての特段の義務は課せられていない。本人が不利益な契約をしてしまった場合にそれを取消したり、必要な契約が交わせないときに代わって契約をすることによって、あくまでも判断能力の不足を補うことが制度の目的であって、本人は自由なのである。従って、本人に浪費癖やギャンブル依存や無軌道な消費衝動がある場合は、生活費の補てんを巡って、財産管理の責を負う側との間に軋轢が生じるが、潤沢な財産を持ち、相続の問題もない吉島敬三の場合、本人の望む生活を実現するのが保佐人の職務である。

「先生、私、保佐人の立場を勘違いしていました。合理的な支出で無駄を省き、極力財産を減らさないことを心がけていましたが、大切なのはご本人の意思なのですね」

「ああ、保佐人は吉島さんの財産は管理するが、吉島さんを管理する権限はない。吉島さんは自由なんだからね」

 板橋は再びキーボードを叩き始めた。