福祉サービスの死角(9)

 ケアマネジャーは月に一度、モニタリングと言って、利用者宅で本人と面接の上、ケアプランの過不足について点検し、必要な修正を加えて本人の了承を得ることになっているが、認知症が進んだ吉島敬三は、受けたサービスを記憶していない。従ってプランを点検する能力もない。前田ケアマネジャーは、保険請求に必要な要介護1の限度額内のケアプランと、制度上の拘束のない保険外サービスプランを別々に作成して、敬三の代理人である板橋保佐人に提出した。

「サービス内容は変わりありません。吉島さんは、すっかり私どもを信頼して下さって、ヘルパーの訪問を楽しみにしていらっしゃいます。ここに訪問介護日誌がございますが、板橋保佐人にお認め頂き食事に同伴するようになって、友人のような親しみを感じておられるのだと思います。毎回吉島さんの負担で食事をご一緒することを大変心苦しく思っていますが、ご本人の意思を確認すれば、これまで通りで構いませんか?」

 板橋保佐人は丹念に書かれた日誌を拾い読みし、

「こんなふうに手厚く関わって頂いていることに感謝しています。保佐人はご本人の財産管理と身上監護が職務ですが、一緒に食事をしたり話し相手になるといった事実行為を行う立場ではありません。皆さんが頼りですので、これまで同様、どうかよろしくお願いします。あ、それから在宅の生活が限界のようであれば、適当な施設を探して下さいね。費用負担の能力は十分ですので、もちろん民間の有料施設でも構いませんよ」

 介護分野は素人ですので、と決まり文句のように言いながら、提示されたプランに署名捺印して一部を前田に手渡した。

 事務所に戻った前田ケアマネジャーは、敬三のケアプランがこれまで通り板橋の了承を得たことを菊池ヘルパーに伝え、

「保佐人は心配するけど、吉島さんをそう簡単に施設に入所させる訳にはいかないわよね」

 敬三のファイルをキャビネットに収納しようとすると、

「施設なんてとんでもない。国をあげて進めている地域包括ケアというシステムは、医療や介護が必要な状態になっても、安易に入院や入所させるのではなく、できるだけ地域で支えて行こうという大方針でしょう?吉島さんレベルの認知症を在宅で支えられなくて何が地域包括ケアですか」

 そう言いながらファイルに手を伸ばした菊池ヘルパーは、書き上げた本日分の記録を綴じてファイルをしまった。

「あなたの記録は素晴らしいわよ。手厚いケアだって、板橋保佐人に感謝されちゃった」

 前田は菊池を持ち上げるのを忘れない。

「手厚いと言えば…」

 菊池ヘルパーはエプロンを外しながら、

「吉島さんのお兄さんの法事をしたらどうでしょう…」

 手厚過ぎますか?と言った。

「法事?」

「ええ。今日の訪問時、押入れで見つかった古いアルバムを開いて思い出話を聞いていたら、吉島さん、お兄さんの写真をじっと見て、強い関心を示されたのですよ。今年で五年になりますねと言ったら、どうやら亡くなった事実もぼんやりしているようなので、区切りだから法事をしましょうよと提案したのです」

 もちろん記憶はないでしょうが…と菊池は付け加えた。