福祉サービスの死角(12)

 敬三には法要の記憶はなかった。お兄さんの法要が済んで良かったですねと敦子が言えば、敬三は、お陰様でと答えるが、お兄さんの法要をしなければいけませんねと言えば、ま、考えて見ますと答える。要するに敬三は、会話はしているが意思疎通はしていない。恐らく菊池ヘルパーに勧められるままに法要をし、そんな事実も記憶にはないのだろう。

「ところで吉島さんは、外で食事をするのがお好きですか?」

 と聞こうとすると、敬三はちょっとごめんなさいと言ってトイレに立った。やがて戻って来た敬三は敦子をまじまじと見て、

「あの…どちらさまでしたか?」

 真顔で尋ねて敦子を戸惑わせた。

 敦子は隣家から吉島家の菩提寺を聞き出して禅昌寺を訪ねた。住職は留守だったが、応対に出た住職の妻に名刺を渡して保佐人の業務について説明し、

「…という訳で、誠にお尋ねし難いことではありますが、保佐人として裁判所に正確な報告をしなければなりませんので、どうかご理解頂いて、暮れに行われた吉島敬三さんのお兄さんの法要のお布施の金額が分かればお教え頂きたいのですが…」

 恐縮したように言うと、

「ああ、お布施は全部控えてありますよ」

 住職の妻は疚しいことは何一つないとでも言うように軽々と返事をし、檀家法要帳と書かれた帳簿を繰って、

「お食事代込みで七万円頂戴しています」

 と言った。引き落とされた金額の十五万円とは実に八万円の差がある。敦子は秘密の部屋を覗いてしまったような感覚に襲われた。その足で敦子は訪問介護事業所『楽福』に車を走らせた。覗いた部屋の中にはいったい何が隠されているのか、事務所に帰るまでに明らかにしたかった。

 『楽福』では所長兼ケアマネジャーの前田が一人でパソコンに向かっていた。

「あの…」

 敦子はここでも名刺を差し出して吉島敬三の保佐人の事務を任されている旨を説明し、裁判所への年に一度の報告のために、年末に営まれた法要費用の明細を知りたいと言った。

「支出した金銭の使途が明確でないと、家裁から厳しく追及されるものですから…」

「それはごもっともなことだと思います」

 前田マネジャーは悪びれず、

「吉島さんの支出の領収書はここに一括して綴じてあります」

 ただし、お布施の分はございませんよと付け加え、法事に至った経緯は記録してあると言って、訪問介護日誌の該当頁を開いて見せた。

 『十二月五日。押し入れから古いアルバムが見つかる。お兄さんの写真を見て吉島さんがひどく懐かしそうにされる。七回忌ですねと言うと寂しそうに頷かれる。七回忌の法事をしたいのですかと聞くと、しっかりと頷かれる。賑やかなことのお好きな吉島さんのために、事業所のヘルパー六人もお斎をご一緒しましょうかと提案すると、吉島さんはお願いします、お願いしますと二度懇願される。早速、前田マネジャーと相談の上、法事の日を二十日後の二十五日と決めて準備を進める』

 完璧な記録であったが、敦子にはもうからくりが分かっている。