福祉サービスの死角(13)

 板橋法律事務所に戻った田崎敦子は、『楽福』から借用した吉島敬三にかかる領収書類の綴りを丹念に調べ始めた。

「不適切な支出はあるかい?」

 背後から覗き込む板橋保佐人に、

「だめですね。レシートじゃなくて全て吉島さん宛ての領収書が添付されています。但し書きは日用雑貨食材等代金となっていますから、具体的に何を購入したかまでは分かりません」

「法事は?法事の費用はどうなってる?」

「十二月二十五日の日付で、食事代として八万円、料亭萩乃家の領収書があります」

「七万円のお布施と八万円の食事で合計十五万円。金額に間違いはない訳だ」

「日誌には吉島さんご自身が賑やかな会食を希望されたことになっています」

「会食のメンバーは、吉島さんに、事業所の登録ヘルパー六人と前田マネジャーを加えて、総勢八人…ということは、飲み物を含めて一人一万円の費用なら、ま、不自然とは言えないな」

「何と言っても会場は荻乃家ですからね。高級肉を食べさせる有名店です」

「しかし、君の言う通り、吉島さんの会話が意思疎通ではなく、内容を伴わない単なるオウム返しのようなものだとしたら、事業所のやっていることは悪徳業者と変わらない。いや、むしろ本人の意思を尊重する成年後見制度を逆手に取っている分、悪質とも言える」

 板橋はいつになく怖い顔をして腕を組み、

「今後はレシートの添付を義務付けて厳しく点検するにしても、ここまで周到に記録や領収書を整えられては、過去の分はどうにもならないな」

「まさか、これだけの疑惑があっても、まだ同じ事業所を使い続けるつもりですか」

 と言おうとした敦子は、

「ん?」

 一枚の領収書に目をとめて思わず息を飲んだ。

「何だ?どうしたんだ?何を見つけたんだ?」

 畳み掛けるように聞く板橋には返事もせず、敦子は月を追って領収書と引き落としの内訳を見比べて、

「これって架空請求かも知れませんね」

 と言った。

「架空請求?」

 板橋は驚いたように敦子を見た。

「失禁パンツと尿取パットの費用がヘルプを開始した当初から毎月約二万円ずつ落ちています」

「認知症の高齢者だぞ、失禁ぐらいするだろう」

「ところが吉島さんは、今日、私と話している途中で、ちょっとごめんなさいと断ってトイレに立ちました。吉島さんは失禁なんかしていません。会話はオウム返しですが、尿意を自覚して、ちゃんと自分でトイレに行けるんですよ」

 迂闊だった…。認知症の高齢者なら失禁をしても当然だという思い込みが盲点になっていた。介護業界にいれば介護用品の領収書を手に入れることぐらい簡単なことなのだろう。

「明日、一緒に『楽福』に行こう」

 板橋保佐人は怒ったような顔で敦子にそう言った。